■あらすじ『西暦2027年、人類はすでに18年間も子供が誕生していなかった。原因は分からず、人類滅亡の時が刻一刻と迫り、希望を失った世界に広まる暴力と無秩序。こうした中、英国政府は国境を封鎖し不法入国者の徹底した取締りで辛うじて治安を維持していた。そんなある日、エネルギー省の官僚セオは、彼の元妻ジュリアン率いる反政府組織“FISH”に拉致される。ジュリアンの目的は、移民の少女キーを“ヒューマン・プロジェクト”という組織に引き渡すために必要な通行証を手に入れることだった。最初は拒否したものの、結局はジュリアンに協力するセオだったが、その少女にはある秘密が隠されていた。原作は、“ダルグリッシュ警視シリーズ”などで知られる英国を代表する女流ミステリ作家P・D・ジェイムズの『人類の子供たち』。「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」のアルフォンソ・キュアロン監督が、人類の未来を左右する一人の少女を巡る攻防に巻き込まれた主人公の運命をスリリングに描く、近未来SFサスペンス!』
アルフォンソ・キュアロン監督といえば、最新作の『ゼロ・グラビティ』が世界51カ国で興行ランキングNo.1を獲得し、全米週末興行ランキング3週連続第1位を記録するなど、大ヒットしたことで記憶に新しい。
サンドラ・ブロック、ジョージ・クルーニーの豪華ダブル主演も話題を呼び、第67回英国アカデミー賞のノミネーションでは、最多となる11部門(作品賞、監督賞、主演女優賞、撮影賞、脚本賞、視覚効果賞、音響賞、音楽賞、美術賞、編集賞、英国作品賞)にノミネート。
また、米映画芸術科学アカデミーが発表した第86回アカデミー賞の対象作品では、『ゼロ・グラビティ』が作品賞、監督賞、主演女優賞、視覚効果賞、撮影賞など計10部門にノミネートされ、こちらも話題になっている(ちなみに『アメリカン・ハッスル』も10部門ノミネート)。
さらに、アメリカ・ロサンゼルスにて開催された第71回ゴールデン・グローブ賞の授賞式では、アルフォンソ・キュアロン監督が監督賞を受賞。キュアロン氏は、「この作品を完成させるため何百人もの人が携わってくれた。この受賞は彼らに捧げます」と受賞の喜びを語っている。
そして日本でも昨年12月13日より公開され、観客動員138万人を超え、興行収入20億円を突破したそうだ。全国549スクリーンで封切られた本作は、1ヵ月以上経過した現在でもランキング上位をキープし続け、1,385,742人、興行収入2,178,187,200円を記録。若い世代から年配、ファミリー層まで幅広く支持され、平日も数字を落とすことなく推移しているらしい。
そんな『ゼロ・グラビティ』の中で、最も目を引く撮影技法が”長回し”であろう。”長回し”とは、非常に長いテイクを途中でカット割りすることなく、ワンカットで撮ってしまう技法のことで、アンドレイ・タルコフスキーやテオ・アンゲロプロス、タル・ベーラなど、古くから長回し撮影を実践している監督は数多い。
アルフォンソ・キュアロンもまた、そんな”長回しにこだわる監督”の一人であり、『ゼロ・グラビティ』でも冒頭から延々13分間もワンカットで撮り続け、観客の度肝を抜きまくった。一度もカットを割らずに一つの場面をひたすら見せ続けるということは、観る側の意識を途切れさせずにいつまでも画面に繋ぎ止めておけるということである。すなわち、この技法によって立体映像はその効果を存分に発揮することができたのだ。
さて本日は、そんな”長回し好き監督”のアルフォンソ・キュアロンが2006年に発表したSF映画『トゥモロー・ワールド』の話である。本作は、そのありきたりなタイトルとは裏腹に、とてつもないインパクトを観客に与える衝撃作だ。特に、ワンカット長回しを多用したドキュメント的映像表現が、映画全体に信じ難い程の臨場感を醸し出し、観客の心を捉えて放さない。さすが、ヴェネチア国際映画祭でオゼッラ賞(技術貢献賞)を獲得しただけのことはある。
当然『トゥモロー・ワールド』が公開された当時も、「なんて凄い長回しなんだ!」と驚異的なビジュアルが話題になった。しかし驚くべき事に、世間で評判になったこのワンカット長回し表現、実はワンカットではなかったのである。いったい、どういう事なのか?というワケで、今回は「長回しのように見えてワンカットではない撮影技法」について解説してみたい。
映画冒頭、物語は世界最年少の少年が殺されたという情報が街に流れる場面から始まる。コーヒー・ショップでこのニュースを聞いていたテオがコーヒーを受け取って店を出たとたん、いきなり建物が大爆発!ここまで、カメラはずっとテオを追いかけ続け、途中一度もカットを割っている様子は無い(約51秒)。だが、一見長回し撮影に見えるこのシーン、実は2つのショットを一つにつなげて、あたかもワンカットで撮られたかのように錯覚させていたのである。
この映画でキュアロン監督は、「可能な限りワンショットでの撮影を行う」という方針を採っていた。それは監督が最もこだわった部分でもあり、例え別々に撮影されたシーンでも、それらがまるでワンカットで撮影されたかのように見せる必要があったのだ。しかし、そのためにはそれぞれが異なったカットであっても、全く同じカメラ位置で撮影されたように変換しなければならない。そこで、製作スタッフはPlanelt(プレーンイット)というオリジナルのツールを開発した。
Planeltは、複数のシーン同士をつなげる際に、撮影で得られた2次元画像に奥行きを与え、2.5次元の情報を作り出す事が出来る画像加工ソフトである。その結果、シーン同士をつなげる過程で、撮影画像を任意のカメラ位置で捉えた画像に変換することが可能になったのだ。このPlaneltのおかげで、「ワンカットじゃないのに、どう見てもワンカットにしか見えない衝撃映像」が次々と生み出されていったのである。
例えば、映画の見せ場の一つに、テオを含む主役クラスのキャラクター5人を乗せた車が、反政府組織のアジトに向かうシーンがある。すると、突然炎に包まれた車が行く手を遮り、武装した集団が襲い掛かって来た!慌ててバックで逃げる主人公たち。バイクに乗った男たちが銃を乱射!砕け散るフロントガラス!必死で応戦するテオ!この延々4分7秒間に及ぶアクションシーンも、車の中の5人の言動が全くカットされていないように見えるが、実際には別々のロケーションで撮影された6つのシーンを、一つにつなげたものなのだ。
ただし、ここでは非常に特殊な撮影方法が用いられている。主人公たちが乗る車は、大きなトラックの荷台のような装置に載せられており、実際のドライバーはこのトラックの方を運転していたのだ。そして車の天井部分は切り取られ、そこに備え付けられた特製カメラを撮影監督やカメラマンがコントロール。
ドギーカム社の「スパローヘッド」と呼ばれる撮影装置から小さなカメラが車の内部に伸びており、このカメラは自由自在に車の中を移動できるようになっている。これにより、同乗者の邪魔にならないようにカメラを動かす事が可能になったという。さらに、車を載せたトラックの荷台には、車が襲撃された時に発生するスパークなどのエフェクトを作り出すために、テクニカル・スタッフとVFXスーパーバイザーが常時待機していたそうだ。
このシーンでは、その他にも様々な部分でCGが用いられている。例えば、テオとジュリアンが口に入れたピンポン球をお互いにキャッチし合うシーンがあるが、このボールはCGだ。また、銃でジュリアンを撃つ2人の敵も、クラッシュ寸前にCGアクターへと置き換えられている(もちろん、2人が乗っているバイクもCG製)。おまけに、弾丸にぶち抜かれて飛び散るフロントガラスや、車の上部なども全てCGで描き加えられているというのだから、凄まじいとしか言いようが無い。
さらに本作では1階しかない建物をCGで3階建てに見せたり、背景を全てCGで合成したり、尋常でない量のCGが投入されている。中でも、CGの赤ん坊が産み落とされるシーンに至っては、あまりのリアリティに感動すら覚える程だった。
だが、何と言っても本作最大の見どころは、クライマックスの6分間以上にもおよぶ驚愕のワンショットであろう。観た者全てに強烈なインパクトを与える前代未聞の超長回し戦闘シーン。この場面も実は、異なったロケーションで撮影された7種類のショットを、Planeltによって一つにつなげたものだったのだ。ただし、映画のハイライトでもあり、ワンカットである事が重要な場面であっただけに、どのショットをどのようにつなげるかという事に関して、あらかじめ入念なリサーチが行われたらしい。
撮影現場にも編集用のワークステーションが持ち込まれ、リハーサルが終わる度にPlaneltでつないだ映像が念入りにチェックされた。その中で、俳優の動きや背景に不自然な要素が見つかれば、全て事前に取り除いておかなければならないからだ。
もちろん、本番においてもショットとショットをつなぐ際に不都合が生じる要因が発見された場合には、スタッフは直ちにそれを指摘しなければならなかった。迫力ある6分16秒の“バーチャル・ワンカット”は、このような緊迫した作業の連続によって作り出されたのである。すげえ!すげえよ、キュアロン監督!
複数の異なるショットを一つに繋いで、擬似的なワンカットを作り出す手法そのものはブライアン・デ・パルマなどが好んで使っているし、アルフレッド・ヒッチコックの『ロープ』では80分間全編を編集テクニックを駆使してワンカットのように繋ぐなど、格別珍しいものではない(当時の撮影用フィルムでは10分程度の長回しが限界だった)。
だが、本作で展開される“擬似ワンカット”は、その完成度の高さにおいて他を圧倒している。おそらく、DVDのスロー再生等でシーンをじっくり検証してみても、どこでカットを割っているのか判別するのは至難の業だろう。それほど、映像には不自然さが一切見当たらず、本当にワンカットで撮ったかのような恐ろしい程のリアリティに満ち溢れているのだ。つくづく「とてつもない映画だ」と言わざるを得ない!
※その他、「長回し」が有名な映画
●関連記事
・『ゼロ・グラビティ』ネタバレ映画解説
●人気記事一覧
・これはひどい!苦情が殺到した日本語吹替え版映画ワースト10
・まさに修羅場!『かぐや姫の物語』の壮絶な舞台裏をスタッフが激白!
・日本映画のレベルが低くなったのはテレビ局のせい?
・町山智浩が語る「宮崎アニメの衝撃の真実」
・「映像化不可能」と言われている小説は本当に不可能なのか?