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アニメ『君の名は。』考察 / なぜ新海誠監督はパンチラシーンを入れたのか?

新海誠監督『君の名は。』

新海誠監督『君の名は。


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて先日、金曜ロードショーで劇場アニメ君の名は。が放送されました。ご存知、新海誠監督の大ヒット作品で、公開時は250億円という凄まじい成績を記録し、日本歴代興行収入の第5位にランクイン!

…なんですけど、公開当時から「ブルンブルン揺れるオッパイがいやらしい」とか「口噛み酒が気持ち悪い」など批判的な意見も多かったんですよね。

本作は「高校生の男女の体が入れ替わる」という物語であるが故に「互いの身体を見て驚く描写」などがどうしても出て来るわけですが、その辺の描写に批判が集まってしまった模様。

中でもヒロイン:三葉のパンツが見えるシーンに関しては特に気になった人が多かったようで、「どうしてパンチラシーンを入れたんですか?」というダイレクトな質問が公式ホームページに寄せられるほどでした(笑)。

新海誠監督『君の名は。』

新海誠監督『君の名は。

ところがなんと!新海誠監督自身がその質問に対して正々堂々と回答してるんですよ。聞く方も聞く方ですが、まさかこの手の質問に真面目に答える監督がいるとは思いませんでした(富野由悠季監督だったら「くだらんことを聞くな!」ってブチ切れるんじゃないかなぁw)。以下、新海監督のコメントです↓

意図的に入れたというよりは、意図的に隠すようなことをしなかったのです。アニメーションのキャラクターは「描かれたもの」なので、自然に見えるべきものが見えないと「隠そうとしている描き手の意思」が見えてしまうからです。

(『君の名は。』劇場パンフレットより)

つまり、新海監督としては「本来なら見えているはずのものを描かないのは、それを隠そうとする描き手の意思が働いているからで、そういう不自然な描写の方がむしろイヤラシイのではないか」と考えているのでしょう。

実はこれって宮崎駿監督の考え方と似てるんですよね。

昔、宮崎監督が『未来少年コナン』を作っている時、「ラナが木に登るとすぐ下からコナンが上を見ながら登っていく」というシーンの絵コンテを描いたら、作画監督大塚康生さんが「宮さん、これじゃラナのパンツが見えちゃうよ」と指摘しました。

すると宮崎さんは「いやらしいな、大塚さんは!エッチだなぁ!」と批判したそうです。

どうやら宮崎さんは「スカートを履いて木に登ればパンツが見えるのは当たり前で、もしコナンがラナのパンツを見てもいやらしい気持ちになったりしない」「いやらしいと思う方がいやらしいんだ」と考えているようです(それを聞いて大塚さんは「こちらがかなり”エッチな中年”なんだと思えてきた」と恥ずかしくなったらしい)。

確かに、『となりのトトロ』や『魔女の宅急便』などでもヒロインのパンチラシーンが頻繁に出てきますが、どれも無邪気にアッケラカンと描かれており、いやらしさみたいなものは特に感じられません。

これは宮崎監督が「キャラクターの日常的な動作で自然に下着等が見えてしまう場合は、そのまま見せるのが一番いい」「下手に隠そうとするとかえっていやらしくなってしまう」と考えているからではないでしょうか。

また、宮崎監督は「女の子のパンチラ」に関して独自のこだわりを持っているらしく、耳をすませばの制作中もヒロインのパンチラをめぐって監督の近藤喜文さんと意見が対立していたのですよ(以下、鈴木敏夫プロデューサーの証言より)

落ち込んだ雫(ヒロイン)が地球屋を訪ねていくシーンで、お店が閉まっているのを見た雫は、壁にもたれながらへたり込んで猫に話しかけます。この場面、周りに人は誰もいません。それなのに、近藤喜文の雫はパンツが見えないよう、スカートを手で押さえて座り込むんです。

それに対して、宮崎駿の雫は人目を気にせず座るからスカートがフワッとなって、自然にパンツが見えてしまう。つまり、近ちゃんが描いた雫は、たえず人目を気にして行動する品のいい子になってるんです。しかも、その描き方によってシーンとしてはむしろいやらしくなっているんです。近ちゃんは無意識にやったんでしょうけど、対照的ですよね。

このシーンを見た宮さんは「違う!」と怒っていました。たしかに宮さんの絵コンテ通りにやっていれば、雫はもっと明朗快活な女の子になったでしょう。だけど、近ちゃんが演出した雫はどこか上品で現代的な子になった。そして、それがこの作品を魅力的なものにしているのも間違いないんです。

(「ジブリの教科書9 耳をすませば」より)

近藤喜文監督『耳をすませば』

近藤喜文監督『耳をすませば

これは宮崎さんと近藤さんの「キャラクターに対する解釈の違い」を表した非常に興味深いエピソードだと思います。

近藤喜文さんの方は、ヒロインの雫を「パンツが見えてしまうことに恥じらいを感じる繊細な年頃の女の子」と解釈し、上品で現代的なキャラクターとして描きました(その結果、鈴木さんによると「むしろいやらしくなってしまった」という)。

一方、宮崎駿さんは「明朗快活でパンツが見えてもあまり気にしないような女の子」と解釈し、「そもそも周りに誰もいないのだからスカートがめくれてパンツが見えても気にする必要がないし、ごく自然な描写だ」と考えたのでしょう(もちろん「どちらが正しいか?」という問題ではなく、演出家の判断や状況によって変わります)。

このように、二人の映画監督が少女のパンツについて真剣に検討している様子を想像すると何だか可笑しい感じもしますが(笑)、その見せ方次第で主人公のキャラクター性が変わってしまうわけですから「たかがパンチラ」と侮れません。

そして同じく新海誠監督も、「『君の名は。』の主人公は互いの体が入れ替わり、見た目は少女だが中身は男の子になっているので、パンツが見えることに対して無防備(=それが自然な姿)なのだ」ということを表現するために、敢えてパンチラシーンを入れたのでは…と考えられるわけです(”単なるサービスカット”という可能性も捨て切れませんがw)。

なお、細田守監督の場合は逆に「パンツを見せないこと」に異常なこだわりを持っていて、ミニスカートを履いている『時をかける少女』の主人公がどんなに激しく動いて転げ回っても、絶対にパンツが見えないのですよ(まさに鉄壁スカート!)。

細田守監督『時をかける少女』

細田守監督『時をかける少女

新海監督は「細田監督の『時をかける少女』は観たことあります」とインタビュー等で語っているので、もしかしたらこの”鉄壁スカート”を見て「何だこれは?」「俺ならこうする!」みたいな気持ちでパンチラシーンを入れたのかも(笑)。

まぁ確かに、あまりにも見えなさ過ぎて逆に不自然な描写になってる気もしますが、これはこれで宮崎監督や新海監督とはまた違う方向の執着心を感じさせますねぇ(「細田監督は少女のパンチラに興味がない(他のものに興味がある)だけなのでは」という説もありw)。

ちなみに、昔スタジオジブリの若手脚本家が自分で書いたシナリオを宮崎監督に見せたところ、「面白くない」「もっと女の子のパンチラシーンとか入れた方がいいんじゃないか?」とアドバイスされたらしい。ビックリして「パンチラって必要ですか?」と訊ねたら「必要なのは健康的なエロだ」と言われ、「さすが宮崎駿だ」「創作の秘密を垣間見た気がする」と感激したそうです(笑)。

 

君の名は。

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映画『容疑者Xの献身』はこうして作られた

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて本日、土曜プレミアム容疑者Xの献身が放送されます。

本作は2007年から放送された福山雅治さん主演の人気ドラマ『ガリレオ』シリーズ初の映画化であり、2008年に劇場公開され、49億円を超える大ヒットを記録しました。

原作は1985年『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受賞して以来、多数のベストセラー作品を世に送り出してきた東野圭吾さんの同名小説です。

この小説は第134回直木賞を受賞しただけでなく、第6回本格ミステリ大賞も受賞。さらに『本格ミステリ・ベスト10 2006年版』、『このミステリーがすごい!2006』、『2005年「週刊文春」ミステリベスト10』でもそれぞれ1位を獲得するなど大変な話題になりました。

当然ながら『容疑者Xの献身』の映画化権は争奪戦となり、最終的にフジテレビが獲得したものの、その際に文藝春秋から「TVドラマと連動させること」という条件を付けられたそうです。

普通は「TVドラマがヒットしてから映画化」という流れなんですけど、『容疑者Xの献身』の場合は逆なんですよね。つまり『ガリレオ』シリーズがスタートした時点で、すでに映画化は決まっていたという。

でも、これってちょっと怖いですよねぇ。もしドラマがコケたらどうするんだ?とか。ちなみに、プロデューサーは「ドラマを必ずヒットさせなければならないプレッシャーが凄かった」と言いつつ、「でも本当はドラマの方がやりたかったので、まさに”渡りに船”だった」とのこと。

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

こうして『ガリレオ』シリーズが放送されると、平均視聴率20%を超える大ヒットを記録!そしてドラマの撮影が終了してから1か月後に、監督やキャストはそのまま映画の撮影に突入したのです。

ただし、TVドラマの『ガリレオ』シリーズと劇場映画の『容疑者Xの献身』は、同じキャラクターが登場する物語であるにもかかわらず、雰囲気が全然異なってるんですよね。

プロデューサーによると「ドラマ版の方は、小さい子供からお年寄りまで家族皆で楽しめるような空想科学ミステリーを目指した」「一方、映画版の方はシリアスで重厚な人間ドラマが展開される本格ミステリ」とのこと。

もちろん、キャストやスタッフはドラマ版を作っている時からこうなることが分かっていましたが、福山雅治さんは「やはり最初は戸惑いました。ドラマ版では全く見せていなかった部分、”プライベート湯川”ですからね(笑)」とコメント。

また、内海薫役の柴咲コウさんも「映画のトーンがドラマ版よりかなり落ち着いた雰囲気になるというのは監督から聞いていたので、”浮ついた感じの取れた薫にしよう”っていうのはありました」と語っています。

さらにドラマ版で演出を手掛け、劇場版で監督を務めた西谷弘さんも「当初から自分の中では表現のすみ分けをしたいと思っていた。ドラマの方はいわばコミック的アプローチ。決めポーズや決めゼリフなどキャッチーな見せ場を作ることで、学校や職場で話題になるように…という狙いがあった。映画の方は全く逆で、小説的アプローチ。荒唐無稽な描写は極力省き、しっかりと人間ドラマに重きを置きたいと考えていた」とのこと。

そもそも『ガリレオ』シリーズのように科学や実験で謎を解明していくストーリーではないし、湯川が数式を書きまくるシーンもないし、ドラマ版を好きな人は「全然ガリレオじゃないじゃん!」と戸惑うかもしれません。

しかし、プロデューサーは「『容疑者Xの献身』を観た人が思わず泣いてしまい、”まさかガリレオで泣かされるとは思わなかった”と言うような、そんな映画を作りたかった」と語っており、その言葉通り「多くの観客が涙するような映画」になっているのが素晴らしい。

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

ちなみに『ガリレオ』シリーズのお約束といえば、毎回ドラマのオープニングで描かれる「湯川教授の実験」で、映画版でも「運動量とエネルギーの保存則」を説明するために超電動加速器を使用して物凄い大爆発を起こしています。

でもこの冒頭シーン、実は全スケジュールの一番最後に撮影されたんですよ。

2008年の3月、栃木県岩舟町の採石場跡でロケしたこのシーンは、大量の火薬を使うため朝から入念なリハーサルが行われていました。ところが、いざ撮影を開始しようとしたら急に雨が降り出したのです。

そこで雨が止むまで一旦待機することになったものの、なかなか止みません。結局、この日は中止&延期されました。そして翌日、撮影が再開されたものの、現場は前日の雨でドロドロ。

さらに撮影時間は限られている上に撮り直しのできない一発勝負のシーンでもあるため、スタッフやキャストに緊張が走ります。やがて本番スタート!

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

福山さんが現れ、「ガウス加速器と呼ばれる簡単な実験装置を紹介しよう…」と長ゼリフを喋りながら巨大な加速器の方へ移動し、装置を作動させて大爆発するまでの様子をワンカットで収めるという非常に難しいシーンでしたが、見事に一発で成功!

こうして約2ヵ月に及んだ『容疑者Xの献身』の撮影は、無事にクランクアップを迎えたのです。

 

容疑者Xの献身

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