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映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』のトリビア&撮影裏話エピソード

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて本日、金曜ロードショーバック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』が放送されます。1作目の大ヒットを受けて制作が決まった続編ですが、当初は「とりあえずパート2を作ろう」という話でした。

ところが、脚本を書いているうちにどんどんストーリーが長くなり、「どう考えても1本に収まらない」ということが発覚。そこでロバート・ゼメキス監督はスティーブン・スピルバーグに電話し、「予算とスケジュールを増やしてくれ。パート2とパート3を同時に撮りたい」と伝えたそうです。

今では「2本~3本の映画を同時に撮って別々に公開(シリーズ化)する」という形式は(予算の節約にもなるため)当たり前ですが、当時は前代未聞の試みでした。当然、会社側は「もしヒットしなかったらどうするんだ?」とビビリまくり。

しかし、公開されるやいなや『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』は世界中で大ヒットを記録(1作目よりは落ちましたが)。そして、パート2の公開からわずか半年後に公開された続編が『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』なのです(こちらも大ヒット!)。

というわけで先週に引き続き、今回は『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』に隠された様々な小ネタやトリビア、撮影裏話などをストーリーの時系列に沿ってご紹介しますよ。


●ドクの家が違う

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

1955年のドクの家は1作目にも登場してるんですが、よく見ると家が違います。実は1作目で使用した”ブラッカー・ヒル・ハウス”は映画の撮影後に売却され、新しい家主が改築したため使えなかったのですよ。

そこで、3作目では別の家を探してロケすることになりました。結果、”ギャンブル・ハウス”と呼ばれるこの家を見つけ、しかも持ち主が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の大ファンで「好きなように使ってください」と非常に協力的だったそうです。


●ドクのイニシャル

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

マーティとドクが坑道に埋められたデロリアンを探していると「E.L.B」と書かれた文字を発見。これはドクの本名「エメット・ラスロップ・ブラウン」のイニシャルで、ドクの大好きなジュール・ヴェルヌSF小説地底旅行』にも同じシーンがあり、1885年に飛ばされたドクが「絶対に自分なら気付くはずだ」と考えて書き残したメッセージだったのです(この「E.L.B」というイニシャルは、ラストの機関車型タイムマシンにもエムブレムとして描かれている)。


●二つのポスター

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

ドライブインシアターに貼られている『半魚人の逆襲』と『世紀の怪物/タランチュラの襲撃』という二つのポスターは、クリント・イーストウッドが若手時代にノンクレジットで出演した映画です。ちなみに、1885年の世界でマーティは「クリント・イーストウッド」を名乗りますが、ちゃんとイーストウッドに名前の使用許可を取っているそうです(イーストウッドも『BTTF』の大ファンらしい)。


●マギー・マクフライの謎

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

1885年の世界で気絶したマーティを助けてくれたシェイマス・マクフライはマーティの祖父の祖父。つまり、血の繋がりがあるので顔がそっくりでも問題ありません。しかし、妻のマギーはロレインの親戚でも何でもないのに、なぜかロレインにそっくりなのです。一体どうして?脚本家のボブ・ゲイルは「マクフライ家の男は昔からリー・トンプソンのような顔の女性に惹かれるんだろう」と言ってますけど…(笑)。


ヒルバレーを丸ごと作った!

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

本作を撮影するために、物語の舞台となる1885年のヒルバレーがゼロから作られました。建物の外観だけでなく内部まで精巧に作り込まれ、現場を訪れたスティーブン・スピルバーグも「すごい!西部の街並みが完璧に再現されてる!」と驚いたそうです。

ロケ場所になったのはカリフォルニア州ジェームズタウンで、近くにある線路は撮影当時、実際に使われていました。1日2回機関車が通るため、助監督はその時間を把握し、機関車が来る10分前になると周辺の小道具をどかしていたらしい。

また、クリント・イーストウッド監督が『ペイルライダー』を撮影していた場所の近くだったので、『ペイルライダー』の建物が映っているシーンもあるそうです。さらに酒場のシーンでは、『ペイルライダー』に出演したリチャード・ダイサートが”有刺鉄線のセールスマン役”で参加しています(彼も『BTTF』のファン)。

なおロバート・ゼメキス監督は、大金をかけてヒルバレーの巨大なオープンセットを作ったことについて以下のように説明しています。

町を丸ごとセットで作る利点は、好きな場所に建物を配置できることだ。例えばドクとマーティが倉庫でデロリアンを時速140キロまで加速させる方法について議論しているシーンでは、ドクが窓のところまで来ると、ちょうどいいタイミングで背景に機関車が見えてくる。あれは合成じゃない。時間と金があり、セットを自由に作れる時はこんな映像が撮れるんだ。機関車が現れるタイミングを合わせるのには苦労したけどね。

ちなみに、土地を提供した地主は撮影終了後にオープンセットをそのままもらい受ける契約を交わし、その後、別の映画やCMの撮影などに活用しましたが、数年後に火災で全て焼失してしまったそうです。あ~、もったいない!


●クララがチラッと映る

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

メアリー・スティーンバージェン演じるクララ・クレイトンが登場するのは、乗っている馬車が暴走し、渓谷に落ちる寸前でドクに助けられるシーンですが、実はその前に画面に映ってるんですよ。それは、ドクとマーティが駅で相談している場面。奥で背中を向けて立っているのがクララなんですけど、さすがにこれじゃ分かりませんよね(笑)。


ロナルド・レーガンが出演するはずだった?

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

ヒルバレーの町長の役は、当初はロナルド・レーガンに演じてもらう予定でした。レーガンは『BTTF』の大ファンで、ホワイトハウスで1作目の『BTTF』を上映した際、「大統領はロナルド・レーガンだって?役者のか!?」というドクのセリフに大爆笑(笑いすぎて後のセリフが聞き取れず、一旦上映をストップさせたぐらい大ウケだったとかw)。

また、1986年に行われた演説で「映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の中でも言っているように、”Where we're going, we don't need roads.(これから行く所に道など必要ない)”」などと本作のセリフを引用するほどお気に入りだったらしい。

これを聞いたボブ・ゲイルは「我々が大統領から苦情以外のコメントをもらうなんて初めてだよ!」と感激したそうです。そこでロバート・ゼメキス監督が直接レーガンに出演を依頼し(当時は大統領職も辞めていた)、本人も前向きに検討していたようですが、結局スケジュールの都合で実現しませんでした。

もし実現していたら、マーティの「あれ?あの人ロナルド・レーガンにそっくりだけど、まさかご先祖様?」みたいなセリフが聞けたかもしれませんね。う~ん、残念!


ZZトップ

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

有名なトリビアですが、ダンス会場で「オクラホマミキサー」や「いとしのクレメンタイン」などを演奏しているのは、ロックバンドのZZトップです(彼らも本作の大ファン)。主題歌の「Doubleback」を提供し、本編でもカントリー調にアレンジしたアコースティック・バージョンを披露していますが、撮影時はまだ曲が出来ていなかったため、違う曲を演奏して編集時に音を入れ替えたそうです。


●実は死んでいた?

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

ダンス会場に入ろうとしているビュフォード・タネンに「銃を置いていけ」と命じるストリックランド保安官は、前2作でジェームズ・トールカンが演じたストリックランド教授のご先祖様。ところが後半になると、なぜかストリックランド保安官が出て来ません。

実はタネンがマーティとの決闘のために町へ向かう途中、たまたまストリックランド保安官に出くわし、射殺してしまったのです。このシーンは実際に撮影されたんですが、ロバート・ゼメキス監督の「本作で人が死ぬシーンを見せるのは良くない」との判断でカットされました。

 

●西部劇ネタが満載!

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

これも有名なトリビアですが、「マーティが服の下に鉄板を仕込んでタネンを欺く」というアイデアは『荒野の用心棒』のオマージュです(マーティが着ているポンチョもクリント・イーストウッドのスタイルをマネしたもの)。

さらに、「足元からのカメラアングル」や「決闘の前の緊張感」など、西部劇映画でよく見かけるシチュエーションにこだわった場面が満載で、ロバート・ゼメキス監督の”西部劇愛”が伝わってきますね(本人も「3作品の中で一番撮影が楽しかったのはパート3だ」とコメントしている)。


●ミニチュアとは思えない!

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』

クライマックスで爆走しながら谷底へ落下していく機関車は、ILMが作った4分の1スケールの非常に精巧な模型です。しかし、あまりにもミニチュアの出来が良すぎたため、本物の機関車と勘違いした愛好家たちから「貴重な機関車をあんな風に壊すなんて許せない!」などと苦情が殺到したそうです。まあ、このクオリティじゃ間違えても仕方ない(笑)。

 

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映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』のトリビア&撮影裏話エピソード

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて本日、金曜ロードショーで『バック・トゥ・ザ・フューチャー:パート2』が放送されます。大ヒットした前作から4年後の1989年に公開された本作は、「パート3も同時撮影」という当時としては画期的な手法も話題となり、世界中で大ヒットを記録しました。

というわけで先週に引き続き、今回は『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』に隠された様々な小ネタやトリビア、撮影裏話などをストーリーの時系列に沿ってご紹介しますよ。


●続編は決まったけれど…
1作目が大ヒットしたことで、ユニバーサルスタジオではすぐに続編の話が持ち上がりました。しかし、ロバート・ゼメキス監督と脚本家のボブ・ゲイルは困惑したらしい。ボブ・ゲイルによると「”マーティたちが未来へ行く”というラストシーンは単なるジョークで、続編を作るつもりなんて全く無かった」とのこと。

そこでゼメキス監督たちは続編の打合せを始めるのですが、その際、パート2の契約しか結ばなかったそうです。通常、パート1からパート2、そしてパート2からパート3へとシリーズが続く場合は、出演者や監督のギャラが上がっていくという業界の”慣例”がありました。

ところが、ユニバーサルはパート3の報酬アップを拒否したのです。パート2のギャラはパート1より上がったものの、パート3に関しては「パート2と同じだ」と。それを聞いて代理人は監督に「こちらの要求が通るまで撮影には顔を出すな」と忠告。ロケハン中だったゼメキスも「仕事は中止だ!」と帰ってしまいました。

するとユニバーサルの会長から電話がかかってきたそうです。当時の会長は、シカゴのギャングとの関係も噂されるような”伝説の男”でした。会長からの電話がどういう内容だったのか、ゼメキスは明らかにしていません。しかしボブ・ゲイル曰く、「僕らは全員パート2と同じ条件でパート3の契約書にサインし、仕事に戻った。”彼に逆らうな”という教訓を学んだよ」とのこと。恐ろしいですねえ(苦笑)。


●ヒロインが邪魔だった
さて、ようやく続編のシナリオに着手したものの、元々パート2のことなんか考えていなかったため、脚本作りは非常に苦労したそうです。特に頭を悩ませたのが、ヒロインであるジェニファーの扱いでした。以下、ボブ・ゲイルのコメントより。

続編の制作においてはジェニファーの存在がとにかく重荷だった。もし続編を作ることが事前に分かっていたら、ジェニファーをデロリアンに乗せなかったよ。彼女が未来に行っても特にやることがないからね。色々考えてみたがどうしようもなかった。だから、ほぼ全編で気を失ってるんだよ(笑)。

ええ~?ジェニファーがずっと気絶してるのは、そういう理由だったのか(苦笑)。


●ジェニファーが別人に!?

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

そんなジェニファーをよく見ると…アレ?顔が違うぞ!?『BTTF2』の冒頭シーンは前作と全く同じ映像に見えますが、実は新たに撮影し直していたのです。なぜなら、ジェニファー役の女優が交代したから。

なんと1作目でジェニファーを演じたクローディア・ウェルズが、病気の母親を看病するために女優業から引退していたのですよ(後に復帰)。そこで『ベストキッド』や『カクテル』などのエリザベス・シューが代役を務めることになったのです。

しかし、前作から数年後とか数カ月後ならともかく、『BTTF2』の場合は1作目のラストからタイムラグなしで直接ストーリーが繋がっているため、両方の場面を見比べると一目瞭然なんですよねえ(苦笑)。

●ナイキの自動シューズ

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

マーティが2015年の未来(もう過ぎてますがw)で履く”自動ヒモ調整シューズ”。スイッチを押すだけで足にピッタリフィット!…してるように見えますが、実際は地面の下からワイヤーを引っ張ってヒモを締めていたらしい。

なお、この”自動ヒモ調整シューズ”は2015年に実際にナイキ社から「Power Lace」という新技術を搭載したモデルとして発表、2016年春にオークション形式で販売されました(一般販売は今のところない)。


ベトナムでサーフィン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

壁をよく見ると「ベトナムでサーフィンを」というポスターが貼ってありますが、これは『地獄の黙示録』のオマージュ。

マイケル・ジャクソン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

マイケル・ジャクソンは本作の大ファンで、パート2にも協力的だったそうです。「Cafe 80's」では店内のビデオモニターの中にウェイターとして登場(CGではなく、メイクを施した”そっくりさん”が演じている)。また店内にはBGMとして「Beat It」が流れており、楽曲の使用も喜んで許可したらしい。


イライジャ・ウッドの映画デビュー

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

「Cafe 80's」のアーケードゲームで遊んでいる2人の子供。そのうちの一人が、後に『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズで主役を演じるイライジャ・ウッドです。7歳の頃から子役としてCMやPVに出演しており、『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』が映画デビューだったらしい。

●「腰抜け(チキン)」の設定

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

マーティが「腰抜け(チキン)!」と言われてブチ切れる場面が本作には3回も登場しますが…あれ?マーティってこんなキャラだっけ?実はこの設定、1作目の時にはありませんでした。以下、ボブ・ゲイルのコメントより。

最初から続編の話が決まっていたら、第1作でも「腰抜け(チキン)」の設定を使っていたよ。それが出来なかったのでパート2でこの場面を用意したんだ。パート3でも重要なシーンで出て来る。

なんと、「腰抜け(チキン)」の設定はパート2から追加されたものだったんですね。突然マーティがキレやすいキャラになっていたので、最初に観た時は「一体どうしたんだ?」とビックリしましたよ(笑)。


●ホバーボードで事故

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

ホバーボードに乗っていたビフと手下たちが吹っ飛び、建物に突っ込むシーンの撮影中、スタントウーマンが柱にぶつかるアクシデントが発生。彼女は重傷を負って2週間も入院したそうです。ロバート・ゼメキス監督によると「リハーサルではうまくいったのに、なぜか本番でタイミングがズレた」とのこと。危ないですね~!


●奇妙なスポーツ年鑑

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

本作の重要なアイテム「スポーツ年鑑」には奇妙な点があるそうです。以下、ボブ・ゲイルのコメントより。

あのスポーツ年鑑は薄すぎる。全スポーツの過去50年分の記録が掲載されているなら、どう考えてもあの50倍は分厚い本になるはずだ。誰も指摘しなかったけどね。きっと、もの凄く小さい文字で書かれてるんだろう(笑)。

実はこれ、ビフの尻のポケットに入るサイズで設定したらあの厚さになったのだそうです。分厚い本を持ち歩くのは不自然だから、映画制作側の判断としては正しいと思いますが、確かに膨大な情報が載っている本にしては薄すぎますよね(笑)。


●ジョージ役も降板

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

本作ではジェニファー役だけでなく、前作でジョージ・マクフライ役を演じたクリスピン・グローバーも降板しています。その理由についてボブ・ゲイルは以下のように説明してるんですけど…

クリスピン・グローバーマイケル・J・フォックスと同じ額のギャラを要求してきたんだ。いやそれ以上だった。「バカげてる!彼を説得してくれ!」と代理人に言ったが、「残念ながら答えは同じだ」と言われた。だから、続編ではジョージの出番を削ったんだ。そのためロレインやビフは健在だが、ジョージは死んだという設定になったんだよ。

ところがボブ・ゲイルのこの主張に対し、クリスピン・グローバーは真っ向から反論しています。

ボブ・ゲイルの話は全くのデタラメだ。パート2の時、僕は他のメインキャストに比べて半分以下の出演料しか提示されなかった。とても悔しかったよ。僕は求められていないと感じたんだ。それで、適正なギャラを要求したらクビになった。酷い話さ。ボブ・ゲイルは自分の違法行為を正当化しようとしてるんだ。

さらにパート2が公開された後、クリスピンは「パート1の映像(ジョージが映っているシーン)を無断で流用し、肖像権を侵害された」としてロバート・ゼメキスとボブ・ゲイルを相手取り訴訟を起こしたのです(示談の末、クリスピンの主張が全面的に認められ、76万5000ドルを受け取った)。

この騒動の後、クリスピンとゼメキス監督は和解して『ベオウルフ』で一緒に仕事をしていますが、ボブ・ゲイルとは仲が悪いままらしい。

ベオウルフ/呪われし勇者(字幕版)


●3人のマイケル

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

3人のマイケルが一つの画面に登場するシーンは撮影に2~3日かかり、合成作業に数ヵ月も費やした力作ですが、ゼメキス監督の期待通りの効果が得られなかったため短縮されてしまいました。しかし、「カットする」と言われた特殊効果担当のケン・ラルストンはショックのあまり心臓発作を起こしかけたそうです。そりゃあ苦労して作ったシーンをカットされたらねえ…(^^;)


●優しい暴走族

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

荒廃したヒルバレーに登場する大勢の暴走族は、なんと本物の暴走族!あまりにも見た目が怖いため、撮影スタッフは現場でビビッていましたが、実際にはみんな優しい人たちだったらしい。


●ドクのシャツ

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

パート2でドクが着ているシャツをよく見ると、”蒸気機関車”と”馬に乗っている人”が描かれています。これはパート3のストーリーを暗示していて、衣装担当のジョアンナ・ジョンストンが作ったもの。ジョアンナは雑誌でこの生地を見つけて「絶対に使いたい!」と考えましたが、高額な使用料を支払うはめになったそうです(でもこれ、気付いてない人が多そうw)。


●謎の文字

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』

デロリアンに雷が直撃!その瞬間、デロリアンの姿は消えて、空中に数字の”99”を逆にしたような奇妙な文字が浮かびました。あの文字はどういう意味なのでしょうか?

ボブ・ゲイルによると、「デロリアンは時速140キロで走行すると時空を超える設定だが、あのシーンでは空中で宙返りした瞬間に140キロを超えたんだ。車が回転したから火の跡が直線ではなく、渦を巻いて”99”のように見えたんだ」とのこと。なるほど、数字でも文字でもなかったのか!

 

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映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のトリビア&撮影裏話エピソード

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて昨日、金曜ロードショーで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が放送されました。ご存知、スティーブン・スピルバーグ製作&ロバート・ゼメキス監督のSF映画で、1985年に公開されるやいなや全世界で話題となり、日本でも大ヒットを記録した名作です。

そんな『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が久しぶりに地上波で放送される!ということで、ファンの人たちも盛り上がった模様。そこで本日は、”豊富な小ネタ”で知られる『BTTF』の様々なトリビアや撮影の裏話などをストーリーの時系列に沿って一挙にご紹介しますよ。

なお、「主人公のマーティ役はマイケル・J・フォックスじゃなくて最初はエリック・ストルツだった」という有名なエピソードがあるんですけど、そっちの話は以前に書いたので、今回は割愛させていただきます(詳しい内容はこちらの記事をご覧ください↓)。

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では、いってみましょう!

 

●ドクの倉庫

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

大量の時計が映し出される有名な冒頭シーンですが、実はこれって一度撮影し直した映像なんですね。脚本家のボブ・ゲイルが書いた最初のシナリオでは、オープニングの場所は「学校の教室」になっていたそうです(そこでマーティがタイムトラベル実験の書類を見つける…という流れだったらしい)。

ところが、わざわざ教室のセットまで作って撮影したにもかかわらず、エリックが降板&マイケルに交代して撮り直すことになってしまい、既存のセットを使って半日で撮影したとのこと(新しくセットを建てる予算が無かったため)。

ロバート・ゼメキス監督によると「時計がたくさん出て来るのはジョージ・パル監督の『タイム・マシン 80万年後の世界へ』を意識したんだ。1日かけて3~4テイクで撮ったが、とても苦労したよ。コーヒーメーカーを動かす者や、トーストが飛び出した時に煙を出す係など、20人以上のスタッフが作業していた」とのこと。

タイム・マシン(1960)(字幕版)

なお、このシーンではマーティがサングラスをかけていますが、その理由は「サングラスメーカーとの契約があったから」だそうです。監督としては、レンズに周囲の風景やスタッフが映るので本当はやりたくなかったようですが、「契約だ」と言われて仕方なく受け入れたらしい(ポスターのマーティもサングラスをかけているが、このシーンだけw)。

その他のトリビアとしては、テレビに映っている女性ニュースキャスターはデボラ・ハーモンという女優でロバート・ゼメキス監督の『ユーズド・カー』にも出演していました(彼女はゼメキス監督に自ら「この映画に出たい!」と懇願したらしい)。

ユーズド・カー [DVD]

その後、マーティは倉庫を出てスケートボードに乗りますが、倉庫の隣には「バーガーキング」の店舗が…。実はこれもバーガーキングとの”契約”だったそうです(『BTTF』にはこういうパターンが多いなあw)。


●オーディションシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

有名な小ネタですが、バンドのオーディションシーンで審査員を務めているのは、本作の主題歌『パワー・オブ・ラブ』や『バック・イン・タイム』を提供したヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのヒューイ・ルイス

マーティの演奏に対して「音がうるさい!」とダメ出しするのはヒューイ・ルイス自身のアイデアらしい(自分の曲なのにw)。なお、ヒューイ・ルイスはこの後『ショート・カッツ』や『スフィア』などの映画に俳優として出演しました。


●家族との食事シーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

エリック・ストルツが降板し、マイケルの出演が決まったものの、当時のマイケルはドラマ『ファミリー・タイズ』の仕事が忙しくてすぐに現場には来れません。そこで監督は、彼の出ないシーンを先に撮影することにしました。

例えば家族みんなで食事するシーンでは、マイケル以外の俳優を撮影した後で、マイケルを撮った映像と編集で繋いでいるのです。そのため、座る位置に気を付けたり、目の高さを合わせるためにマイケルの代役を座らせるなど、非常に苦労したとのこと(カメラもあまり動かせなかった)。


●駐車場のシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

マーティが夜中に家を抜け出し、モールの駐車場へ行くと、そこにはデロリアンを改造したタイムマシンが!実は、主役の交代はこのシーンを撮影している時に決まったそうです。以下、プロデューサーのニール・カントンのコメントより。

妻が僕のポケベルを鳴らしたんだ。「エリックの降板が決まった」とスタッフに伝えた直後にね。彼女は妊娠9カ月だった。公衆電話を探して家に電話したら「生まれるからすぐに帰って来て!」と。急いで帰って女の子が生まれ、翌週現場へ戻ったら新しい主役が来ていた。それがマイケルだ。

「嫁の出産を見届けて現場に戻って来たら主役が変わっていた」というのもなかなか凄い話ですねえ(笑)。

ちなみにデロリアンが初めてタイムスリップするシーンは、劇中ではドクがリモコンで操作していますが、実際はスタントドライバーが犬の恰好をして運転したそうです。つまり(クローズアップで映るのは本物の犬ですが)、遠景のショットは犬のぬいぐるみを着たスタントマンだったのですよ。


●1955年のカフェ

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

1955年のヒルバレーにやって来たマーティはカフェに入り、そこで(若い頃の)父親のジョージとビフに出会います。この時、ビフの周りには何人かの子分がいるんですが、そのうちの一人が後に『タイタニック』で有名になるビリー・ゼイン(この映画でスクリーンデビューした)。

●マーティが車に撥ねられるシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

このシーンは南パサディナのブッシュネル通りで撮影したのですが、クランクインの前に監督がエリックとロケハンで来た時、偶然マイケルがここで『ティーン・ウルフ』の撮影をしていたそうです。マイケルは『BTTF』のロケハンの様子を見ながら「いつか僕もスピルバーグの作品に出たいなあ」と思っていたらしい(割とすぐに願いが叶ったw)。

●ドクの家

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

若いドクとマーティが出会う場面は一度エリックで撮影したものの、主役が交代したためマイケルで撮り直すことになりました。ところが、現場へ行ってみるとロケ地の家が売りに出されていたそうです。ロケの担当者から「急いで撮らないと間に合わないぞ!」と言われた監督は慌てて『ファミリータイズ』のプロデューサーに頼み込み、マイケルを2日間だけ借りました。こうして、家の買い手が付く前に何とか撮影できたそうです。

なお、ドクの家のテレビにビデオを繋いで観るシーンは、本物の白黒テレビを使って撮影しようとしていましたが上手くいかなかったので、普通のカラーテレビを昔風に改造し、ビデオの映像自体を白黒に変換して撮影。意外と手間がかかってますねえ。


●ジョージの家

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

マーティが宇宙人のフリをして若いジョージに爆音で聞かせる音楽は、ヴァン・ヘイレンの「OUT THE WINDOW」。なお、テープには「エドワード・ヴァン・ヘイレン」と書いてありますが、これはバンドのメンバー全員からは許可が得られず、リーダーのエドワード個人が使用を許可したから。


●手紙を書くシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

マーティが書いている手紙の文字と、1985年に帰ってドクがポケットから取り出した手紙の文字が違います(字の位置や筆跡をよく見ると…)。このミスに関しては、ロバート・ゼメキス監督も公開当時は全く気付かず、ビデオが発売された後に、”とある日本人”から「手紙の字が間違ってますよ」と指摘され、ようやく気付いたそうです。


●ジョージがビフを殴るシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

弱いはずのジョージがなぜビフを倒せたのか?本編ではカットされていますが、実はジョージがサンドバッグを使ってパンチの練習をするシーンがあったそうです。その時、右手で打ったら大したことないのに、左手で殴ったらサンドバッグが吹き飛ぶほどの凄まじいパワーを発揮!ゼメキス監督曰く、「ジョージはもともと左利きだったのかもしれない」とのこと。

さらにボブ・ゲイルによると、「最初の脚本ではマーティが過去から戻ってくるとジョージがプロボクサーのチャンピオンになっている、という設定だった。しかしマーティたちが嫌がるだろうと考え、設定を変えた」とのこと(実はジョージってボクサーの才能があった?)。

 

●ギターを演奏するシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

マーティが「ジョニー・B・グッド」を演奏するシーンは、マイケルがギタリストのポール・ハンソンから指導を受け、約4週間ひたすら練習したそうです。そのおかげで見事な演奏シーンを撮影できたんですけど、完成した映画では音が差し替えられ、歌声もマイケル本人ではなく、ロックシンガーのマーク・キャンベルに変更。せっかく自分で歌って弾いてるのに…(泣)。


●時計台のシーン

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

ヒルバレーの街はユニバーサル・スタジオの中に作った巨大なセットですが、時計台はもともと撮影所にあった建物です。ただし、一番上の三角形の部分にある2体のネコのような彫刻は撮影のために取り付けたもので、美術スタッフが倉庫で見つけてきたキャット・ピープル』の小道具だそうです。

●謎の本

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

ようやく1985年に帰ってきたマーティが変な格好で寝ているシーンに映っている「RQ」という黄色い本は”図書館の司書が読む季刊誌”で、普通の人が買うことはまずありません。実はこれ、小道具係が間違えて置いたものだったんですが、映画を観た本物の司書から「あれはどういう意味だ?」「なぜあの雑誌がマーティの部屋に?」などと問い合わせが来たらしい。みんな細かい部分まで見てるなあ(笑)。

  

●ミスター・フュージョンの正体

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』

映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー

未来へ行って戻って来たデロリアンは、最新技術によってゴミからエネルギーを生み出す装置が取り付けられていました。その名も「MR.FUSION(ミスター・フュージョン)」!この装置の正体は、ドイツ「KRUPS社」の223-Aという電動コーヒーミルです。市販品をほぼそのまま流用していることも驚きですが、海外の『BTTF』ファンでデロリアンを所有している人たちは、より本物(?)に近付けるために、わざわざこのコーヒーミルを買ってきて自分のデロリアンに取り付けているそうです。まさに新型デロリアンを印象づけるキーアイテムと言えるでしょう(^.^)

 

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押井守監督『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』はこうして生まれた

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて、本日シネフィルWOWOWにて押井守監督の長編アニメーションうる星やつら2 ビューティフル・ドリーマーが放送されます。

本作は、TVアニメシリーズで腕を振るった押井守監督が自らオリジナル・ストーリーを手掛け、高橋留美子原作の人気キャラが大勢活躍する劇場版の第2作目として1984年に公開されました。

結果、『ビューティフル・ドリーマー』は全国でヒットし、さらにファンの評判も上々で、押井守監督の代表作の一つとしていまだに高く評価されています(ただし高橋留美子先生の反応はやや厳しかったようですがw)。

というわけで本日は、そんな『ビューティフル・ドリーマー』がどうやって生まれたのか?その裏側について詳しく書いてみたいと思います(※ストーリーのネタバレに触れている部分もあるので、未見の人はご注意ください)。


●『オンリー・ユー』の失敗
まず、『ビューティフル・ドリーマー』の前に『オンリー・ユー』という映画がありまして。1983年に公開されたうる星やつら オンリー・ユー』は、押井守監督の長編デビュー作なんですけど、元々は別の監督が作っていた映画でした。ところが制作途中で降板したため、急きょ押井さんに話が回ってきたのです。

映画『うる星やつら オンリー・ユー』

映画『うる星やつら オンリー・ユー』

当時の押井監督は『うる星やつら』のTVシリーズを担当していて忙しかったにもかかわらず、「頼むからやってくれ!」と会社側から懇願されて仕方なく引き受けることになった模様。しかし、その時点でまだ脚本が完成しておらず、しかも公開日までわずか5ヶ月という非常に厳しい状況でした。

当然ながら、完成までひたすら過酷な作業を強いられ、最後の5日間はほぼ徹夜状態で家にも帰れず、おまけに人手も全然足りなかったため、なんと押井監督自らセルの色を塗るはめになったそうです(普通はあり得ませんw)。

『オンリー・ユー』の時が一番ひどくて、辞めたスタッフを電報で呼び戻したりしてた。使える人間は制作の奥さんでも何でも呼び出して。最後はスタジオの前を通りかかった通行人まで連れ込んで手伝ってもらったからね(笑)。僕も色を塗ってたんだけど、「肌色をくれ」と言ったら「肌色じゃわかんねえだろ!」と怒られた。色には全部ナンバーがついてるから、番号で指定しないと通じないんだよね。とにかく現場はムチャクチャだったよ。 (『うる星やつら2』のオーディオ・コメンタリーより)

こうして、どうにかこうにか映画は完成し、ギリギリで公開日に間に合ったのですが、劇場で『オンリー・ユー』を観た押井監督は大変なショックを受けたらしい。「これは”映画”じゃない」「テレビ番組をでかいスクリーンに映しているだけだ」と。観客や原作者の評判は良かったにもかかわらず、押井監督の目には”失敗作”と映ってしまったのです。


●絶対に勝手な映画を作ってやる!
一般の観客には好意的に受け入れられた『オンリー・ユー』ですが、押井監督自身は納得していませんでした。そして同じく、アニメーション監督や実写の監督など”同業者”からも厳しい意見がチラホラと…。

たとえば宮崎駿監督は「宇宙船の窓から外を見ているシーンがあったけど、あの宇宙船には窓がないじゃないか」と鋭く突っ込み、押井監督が「いや、制作期間が4ヶ月しかなくて設定の不備を直せなくて…」などと釈明するなど、色んな人から批判されたそうです。

また、『オンリー・ユー』は相米慎二監督の『ションベン・ライダー』と同時上映だったんですが、『マルサの女』などで知られる伊丹十三監督が「『ションベン・ライダー』は神々しいまでに素晴らしい映画だが、『オンリー・ユー』は甘い甘いお菓子みたいな映画だ」と感想を述べたため、それを聞いた押井監督は烈火のごとく激怒したという。

本当に頭にきて逆上しちゃって。僕が「映画はこういうふうに撮らなきゃいけないんだ」と思って、色んなキャラクターに気配りして、あえて甘い甘いラブロマンスを撮ったのに、併映の『ションベン・ライダー』は全くわからない、ものすごく勝手な映画なわけ。だけど妙に良かったんです、悔しいことに。すごく面白かったんですよ。片方はあんなにやりたい放題の映画を作ってて許されて、こっちは上から色んなことを言われて、すごいプレッシャーの中でファンのために甘い話を作って、それなのにコテンパンに言われてね。伊丹十三の話を聞く前からもう散々言われてて。それで完全に映画観が変わっちゃったの。勝手なことをやったやつの勝ちなんだってね。そう思い込んじゃって、「次は絶対に勝手な映画を作ろう」と思ったわけ。 (キネ旬ムック「押井守全仕事」より)

こうして押井監督は、「次回作では誰がなんと言おうと自分のやりたいようにやってやる!」と心に誓ったのです。

●『ビューティフル・ドリーマー』の原型?
うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』は「虚構と現実」が入り混じる不思議なストーリーが特徴ですが、実は”元ネタ”と思われるエピソードが存在します。それがTVシリーズ第101話「みじめ!愛とさすらいの母!?」です。

「みじめ!愛とさすらいの母!?」

「みじめ!愛とさすらいの母!?」

諸星あたるの母親をメインに描かれたこのエピソードには、主人公のあたるやラムがほとんど出て来ません。その代わり、メガネやサクラや温泉マークの長台詞、夢なのか現実なのか分からない奇妙な世界、思わせぶりに登場する謎の少女など、後に『ビューティフル・ドリーマー』へと発展する要素が至る所に散りばめられていました。

これ以降、押井監督は「虚構と現実(胡蝶の夢)」をテーマにした作品を何度も繰り返し手掛けるようになり、監督自身もハッキリと「あれ(第101話)は僕にとってエポックだった」と認めていることから、まさに押井守の作家性が発芽した瞬間と言っても過言ではないでしょう。

しかし、テレビを観た視聴者からは「意味がわからない」「ラムちゃんを出せ!」などの苦情が殺到。押井監督も社長室に呼び出され、「お前いいかげんにしろ!」「二度とやるな!」とメチャクチャに怒られたそうです。

でも押井さんは「すいません」と謝りながら心の中で「これはイケるぞ!」と喜んでいたらしい。「上手く作れば、今までにない全く新しいアニメが出来るかもしれない。もしかすると、このエピソードを使って自分の思い通りの映画が作れるんじゃないか?」と。”フラグ”が立った瞬間ですね(笑)。


●『ビューティフル・ドリーマー』制作決定!
『オンリー・ユー』の大ヒットを受けて、スタジオでは2作目の劇場版の企画が立ち上がりました。当然、押井守監督にもオファーが来たのですが、当初は高橋留美子さんが書いた原案があって、それを元にストーリーを考える…という話だったそうです。

しかし押井監督が難色を示し、色んな脚本家が入れ代わり立ち代わりシナリオを検討するもののなかなか決まらず、時間だけが過ぎていきました。そしてとうとう我慢の限界に達したプロデューサーが「もう全部任せる!なんでもいいからとにかく間に合わせてくれ!」とギブアップ宣言。

すると「その言葉を待っていた!」と言わんばかりに「脚本を書いてる時間がないから、いきなりコンテに入るけどいいですか?」と即座にコンテを描き始める押井監督。プロデューサーにしてみれば、いいも悪いも公開日に間に合わなければ大変ですから了承するしかありません。まさに計画通り(笑)。

こうして脚本チェックも何もないまま『ビューティフル・ドリーマー』の制作がスタートしたんですけど、「どんな映画になるか分からない」という状況はスタジオ側にとって不安だったでしょうねえ(後にプロデューサーは「完成した絵コンテを見た瞬間、それを抱えたまま会社を辞めて、どこか遠くへ逃げようかと思った」と告白していますw)。

ちなみに『ビューティフル・ドリーマー』を作っている時、押井監督はどんなことを考えていたのでしょうか?以下、押井監督のインタビューより。

自分が本当に描いてみたかった世界とか記憶とかキャラクターとか、そういうものだけで作ってやろうと思った。それが、ある意味『うる星やつら』というものを逸脱したとしてもね。『うる星やつら』の数ある作品の一つであるよりは、まず”映画”であるべきだと。

そのためには何をすればいいのか?そういう順番で物事を考えていった。そうすること以外に、たぶん自分は映画を作ることは出来ないと思ったから。その時にひらめいたのが、あたるのお母さんの話だった(第101話「みじめ!愛とさすらいの母」)。あれで映画が出来るんじゃないか?と思って。

だから、作業としては楽しくて仕方なかった。やりたいことだけやったから(笑)。自分の願望そのものを描いたわけだから。僕にとって映画とは、妄想を形にすることなんです。妄想とは、自分にとっては現実と同じか、それ以上に信じられるものなんですよ。僕にとって映画とはそういうものなんだ、ということをはっきりと自覚したから。

妄想っていうのは高校生の頃からずっと思い続けていた世界、人のいない街とか、夜の電車の不思議な雰囲気とかね。そういったものを全部総動員して、僕が妄想し続けていたシチュエーションを全部入れてみた。あとは、どこに映画としての落としどころを持って行くかという。それだけ考えればよかった。 (「アニメギガスペシャル とことん押井守」より)

 こうして押井監督が「自分のやりたいことを全てぶち込んだ」という映画『ビューティフル・ドリーマー』が着々と作られていきました。

なお、当時の押井監督はTV版『うる星やつら』の演出も並行してやっていたので、朝から夜の8時ぐらいまでは劇場版の絵コンテを描き、夕方になるとスタッフが持ってきたTVシリーズの原画を全部チェックする…という状況だったそうです。

ところが、途中からオリジナル・ビデオアニメ『ダロス』の仕事が入ってきたせいで、昼から夕方にかけてはTV版、夕方から夜の10時ぐらいまでは『ダロス』、そして深夜から明け方まで『ビューティフル・ドリーマー』をやるという、超過密スケジュールになってしまいました。

当時まだ33歳で体力的にも自信があった押井さんは、昼夜を問わずひたすら働き続けましたが、最近のインタビューで「あんなに真面目に仕事をしたのは、あの時が最初で最後だった」と振り返っています。

●この作画がすごい!
ビューティフル・ドリーマー』は作画的な見どころも満載で、多くのアニメファンを歓喜させました。もともとTV版の『うる星やつら』が”アニメーターの暴走”と言われるぐらいバリバリに動きまくる作画だったのですが、劇場版ではさらに精鋭のアニメーターたちが腕を振るっているのだから凄すぎる!

「深夜の友引高校」のシーンを担当した山下将仁さんも80年代を代表するスーパーアニメーターの一人で、金田伊功さんの作画スタイルを受け継いだ「変なポーズでジャンプするキャラクター」や「独特のパース」など、斬新なアニメ表現を次々と炸裂させています。

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

なお、前作の『オンリー・ユー』の時から押井監督の映画に参加していた山下さんは、当時の様子を以下のように語っています。

『オンリー・ユー』は、押井さんからメカ作監をやってくれと言われて、「え?何で僕なの?」って感じだった。当時まだ19歳だったからね。でもカットによってはメカだけじゃなくてキャラクターまで直しちゃってた。メカに付属しているキャラだからメカに合わせようと、キャラの演技まで変えたりして。まあ作監が直してくれるだろうと思ってたら、そのままスルーされて僕のクセのあるキャラのままフィルムになってた(笑)。

それでも押井さん、何も言わないんだよね(笑)。当時は「いかに自分の表現したいものを画面上で見せられるか」ってことしか興味がなかった。完全に自分の世界。ただ、それを押井さんが容認してくれてたんだよね。そういう僕の気質を面白がってくれてたんじゃないかな、押井さんは。歳が離れていた分、「面白い小僧だな」って感じで見てくれてたのかも。

ビューティフル・ドリーマー』は正直、意外と緊張して作画に入った記憶があります。劇場用なのに得意なメカもあまり出ないし、破天荒なギャグも出来そうになかったし…。でも押井さんは気合いが入ってたよ。作画打合せの時は参加する原画マンを全員集めて、午前中から1日がかりでやってたから。

それぐらい押井さんの意気込みがすごかった。「僕はこの作品に賭けています!」という熱意は伝わったよ。でも打合せが終わった時はみんなヘトヘトでさ(笑)。僕のシーンの打合せが始まるまでにすごく時間がかかってるのに、僕の後のシーンを担当している板野さんなんてもっと後だからね。板野さん、疲れるだろうな~って(笑)。 (「押井守ぴあ」より)

 ここで出てくる”板野さん”とはもちろん板野一郎さんのことで、『伝説巨神イデオン』や『超時空要塞マクロス』で素晴らしい作画テクニックを発揮し、大量のミサイルが縦横無尽に空中を飛び交う壮絶なアクション「板野サーカス」を生み出すなど、一世を風靡した凄腕アニメーターです。

そんな板野さんは、『ビューティフル・ドリーマー』では面堂が所有しているハリアーにあたるやラムたちが乗り込み、上空から友引町を見てみると、町全体が巨大な亀の背中に乗っていた!という衝撃シーンを担当しています(ここだけメカのディテールが異様に細かいw)。

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

なお、当時は何かを調べようとしてもネット環境が存在せず、ハリアーの資料もほとんど無かったため、コックピットの計器やスイッチ類は板野さんが適当に描いていたらしい(笑)。


●「相手は誰だ!?」と大騒ぎに
では、『ビューティフル・ドリーマー』の実際の制作現場はどんな感じだったのでしょうか?実はセルの色を決める「色指定」というポジションで、ちょっとしたトラブル(?)が発生していたようです。

色指定はハラハラしたよ。いや、仕事の中身じゃなくて、担当者のお腹がどんどん大きくなってたから。「間に合うのかしら?」って。ちょうど大詰めになった時に妊娠が発覚して「いったい誰だ!」と大騒ぎになってさ(笑)。まあ『うる星やつら』ってそういう作品だったよね。現場でも男と女がくっついたり離れたり、僕の知ってる限りでも何組かくっついて何組か破綻してるからさ。やっぱり、やってる作品に影響されるんだろうね。アニメといえどもそうなんだよ。

昔、トリュフォー(映画監督のフランソワ・トリュフォー)がそんなこと言ってた。『柔らかい肌』(1964年)の時かな?「みんなパートナーを裏切った」って。『華氏451』(1966年)の時は撮影の合間にみんな本を読んでたって。だから、こういう作品をやってる時ってそういうことがあるんじゃないかな。まあ、現場が若かったっていうのもあるけどね。だって10代の女の子がいたんだもん。そりゃそうなるよ(笑)。 (『うる星やつら2』のオーディオ・コメンタリーより)

 なんと制作が大詰めを迎えた頃に、割と重要なポジションを担当していた女性スタッフの妊娠が発覚し、「いま産休で休まれたら作業がストップしてしまう!」と騒ぎになったらしい。そんなことがあるんですねえ(笑)。

なお、作画に関しては前回の失敗を反省(?)して、実際の締め切りよりも1ヵ月早いスケジュールを現場に伝えていたため、アフレコの時には95パーセントぐらい完成しており、なんと色までしっかり付いていたそうです。押井監督曰く、「今回は色塗りを手伝わなくて済んだので助かった」とのこと(笑)。


●謎や疑問を考察する!
ビューティフル・ドリーマー』は、「ラムの夢の中に閉じ込められた人々の姿を描く」という構造になっていて、永遠に繰り返される学園祭前日の光景や、現実と虚構が入り混じる独特の世界観が多くのファンを魅了しました。

と同時に、「あのシーンはどういう意味なの?」と観客の思考を困惑させるような場面があちこちに散りばめられている点も大きな特徴と言えるでしょう。

例えば、しのぶが大量の風鈴が鳴っている不思議な空間に迷い込んだ時、アパートみたいな部屋の窓から男の人が見ているシーンがあるんですけど、「あれはいったい誰なんだ?」と公開当時から話題になっていました。

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

「あたるの姿に似ているような…」という意見もありますが、『ビューティフル・ドリーマー』で演出を担当した西村純二さんによると、「あのキャラクターには明確な設定がありません。しかし僕は押井守だと解釈しました」とのこと。

作画打合せの時に「ちょっと小柄でふっくらしていて押井監督の後ろ姿」という感じで描いてもらった覚えがあります。なで肩なところが押井さんっぽいかなと。ただ、監督から直接そういう指示があったわけじゃなくて、打合わせの時に僕がそう解釈して、そういうふうに作ってもらったんです。もう少し言うと、あの場面のしのぶは”観客”なんだと。つまり、映画の世界に迷い込んだ観客を外側から押井守が見ている、というシーンなんですよ。あそこで映っている大量の風鈴は要するにフィルムのパーフォレーションで、映画を観ている観客が「何だ、この映画は?」と戸惑っている、そういう状況を表現したシーンなんです。 (「BSアニメ夜話」より)

また、劇中でサクラさんが「築60年、木造モルタル3階建ての時計塔校舎、いつから4階建てになったのかのう…」と言うシーンがありますが、エンディングでは2階建てになっています。これはいったい、どういうことなのでしょう?

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

当時はファンの間で「本来は3階建ての校舎がラストで2階建てになっているということは、実は現実の世界ではない、つまりまだ夢邪鬼が作った夢の中にいる…という意味なのでは?」などと白熱した議論が繰り広げられました。しかし…

実はこれ、TVシリーズで起きた”ミス”を押井監督がネタにしてたんですね。アニメには「美術設定」というものがあるんですが、TV版の時はそれをきちんと管理してなかったという。以下、押井監督の解説より。

友引高校が2階建てだったり3階建てだったりするのは、要するに設定とかを誰も管理してなかったんだよね。TVシリーズは他の話数のカットなんかも平気で使ったりしてたから、そうするとエピソードによって2階建てが出て来たり3階建てが出て来たりするわけですよ。友引高校なんて何回も描かないからね。背景を使い回ししてたらある日「あれ?」って気付いて。それがきっかけになったんです。 (『うる星やつら2』のオーディオ・コメンタリーより)

また、小さい女の子(子供のラムちゃん)があたるに「責任とってね」と言うシーンも議論の的になりました。これに関して、押井監督は「あれはもう、苦し紛れ。あそこで少女を出したのは、ラムそのものを出すのがあまりにもつらいから。少女にすることで成立したの。じゃないと、あのセリフは利かないと思ったから」と語っています。

あのセリフについては色々聞かれたよ。「責任とってね」って何なんだ?って。まあ分かる奴には分かるんだよってことなんだけどさ。おじさんにならないと分からない。ハッキリ言って若い人には絶対に分からないよ、と言ったんだけどね。そういうセリフは、僕は意外と好きだし、いいもんだと思うよ。分からなくてもいいんだよ。 (「ロマンアルバム 押井守の世界」より)

一方、演出の西村さんはこのセリフについて「押井守監督の実体験なのでは?」と考えていたようです。えええ!?

僕がこのシーンを演出した時に思ったのは、「ああ押井さん、絵コンテを描く前に誰かにこのセリフを言われたんだな」と(笑)。この通りのことを言われたかどうかは分からないけど、「たぶんプライベートで実際にこういうことがあったんだろうな」と。根拠はないんですが、妙な確信を持ってましたね(笑)。 (「BSアニメ夜話」より)

いや~、『ビューティフル・ドリーマー』の制作中、押井監督の私生活に何があったんでしょうねえ(笑)。

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』

映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

というわけで、本日は押井守監督の傑作アニメ『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』について詳しく解説してみました。「終わりなき日常」を描いた本作は”ループものアニメ”の元祖とも言われ、後続の作品に多大な影響を及ぼしています(ハリウッド映画では『ダークシティ』などに類似のシーンが見られる)。

また、アニメファンや映画ファンに与えた衝撃も絶大で、36年前の作品にもかかわらず、いまだにその魅力が色褪せていないのは驚異的と言うしかありません。キャラクターの長台詞や不思議な世界観など、1カットに込められた情報量が膨大で、何度観ても見飽きないんですよねえ。でも、それこそがまさに名作の証だと思います。