ひたすら映画を観まくるブログ

映画やアニメについて書いています

『魔女の宅急便』の監督は宮崎駿じゃなかった?アニメ制作の意外な裏話!

魔女の宅急便

劇場アニメ『魔女の宅急便


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて本日、金曜ロードSHOW!で劇場アニメ魔女の宅急便が放送されます。誰もがよく知る宮崎駿監督の人気作品なんですけど、実は「もともと宮崎さんが監督する予定じゃなかった」ということをご存知でしょうか?

宮崎監督はそれまで(『ナウシカ』や『ラピュタ』や『トトロ』など)自分で考えたオリジナル作品を作っていたのですが、『魔女の宅急便』は初めて外部から持ち込まれた原作付きの企画で、ヤマト運輸がタイアップすることも最初から決まっていたそうです。

ただし、角野栄子さんが書いた同名の児童文学のアニメ化ということでジブリ側は乗り気だったものの、当時は『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の制作が始まったばかりで、宮崎監督も高畑監督も時間が取れませんでした。

そこで宮崎さんはプロデューサーとして参加し、別の若手スタッフが制作現場を担当するという方向で話がまとまったのです。そして監督に抜擢されたのがなんと…片渕須直さん!

片渕監督といえば、2016年にクラウドファンディングで調達した資金を元に『この世界の片隅に』を制作し、口コミで評判が広まり大ヒットを記録。さらに昨年は約40分の新作映像を追加した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を公開し、これまた話題になりました。

この世界の片隅に

当時の片渕さんは、宮崎さんが監督した『名探偵ホームズ』の脚本を書いたり、高畑勲監督の演出助手として『リトル・ニモ』に関わるなど、様々な仕事を任されていたため「あいつがいいんじゃね?」みたいな感じで指名されたらしい。その時の状況は…

 

1988年のある日、片渕さんのもとへ鈴木敏夫さんから「ちょっと話したいことがある」と電話がかかって来ました(ちなみに、この頃の鈴木さんはジブリではなく、まだ徳間書店に所属していた)。

片渕さんが指定された喫茶店へ行くと、「実はこういう原作が持ち込まれて…」と『魔女の宅急便』の本を渡され、「君に監督して欲しい。どうすれば上手くアニメ化できるか、検討してもらえないだろうか?」と言われたそうです。

片渕さんにとっては初監督なわけで、「ついに来たか!」という感じだったことでしょう。しかし、プロデューサーはあの宮崎駿ですから全く油断できません。案の定、片渕さんが『魔女の宅急便』を読んで、どういう風にアニメ化したいか簡単な企画書にまとめて提出すると、「君はこの原作を何も理解してない!」とメッチャ怒られたらしい(笑)。

実は、片渕さんは「ラストにもう一つ盛り上がりが欲しいな」と考え、「近くの海で船が難破し、取り残された人々をキキが救出する」という原作には無いエピソードを付け加えたのです。ところが、それを読んだ宮崎監督は「この物語は主人公の通過儀礼が全てなのであって、アクションを伴う派手なクライマックスなど盛り込む必要はない!」と猛反対。

仕方なく片渕さんはその案を引っ込めたんですが、しかし完成した映画を観ると「突風に流された飛行船からトンボを救出する」という原作には無い派手なクライマックスがラストに追加されてて、「どういうことだよ?」と思わざるを得ないんですけど(笑)。

魔女の宅急便

劇場アニメ『魔女の宅急便

まあ、そんな感じで宮崎さんの意見がどんどん増えていき、結局シナリオも宮崎さんが書くことになり、現場のスタッフも宮崎さんが指名し、ロケハンの場所やスケジュールも宮崎さんが決めて、最終的には絵コンテも宮崎さんが描くことになりました(ちなみにロケ場所はスウェーデンに決定)。

ところが、いざロケハンに行こうとしたら費用がないことが発覚。当時のスタジオジブリは『ラピュタ』と『トトロ』と『火垂るの墓』しか実績がなく、しかもその全てが(今では高く評価されているものの)劇場公開時はあまりヒットせず、会社にお金が無かったのです。

そこでロケハンに行く費用を捻出するため、撮影が終わった『トトロ』のセル画を売ることになりました(ちなみに『ラピュタ』が終わった時もスタジオの維持費を稼ぐためにセル画を売っていたそうです。当時はゴミとして処分していたので「こんなものが売れるのか?」みたいな感覚だったようですが、今なら大変な”お宝”でしょうねえw)。

 

こうして片渕さんは何とかスウェーデンに行くことが出来たのですが、日本へ帰って来て、いよいよ本格的に『魔女の宅急便』の制作に取り掛かろうとした矢先、とある企業の偉い人から「当方としては”宮崎駿監督作品”以外のアニメに出資するつもりはない」とハッキリ告げられてしまったのです!えええ…

片渕さんは具体的な企業名を明かしていませんが、「このスポンサーが参加してくれなければ『魔女の宅急便』の企画自体が成立しなくなる」と証言しているので、恐らく「ヤマト運輸」のことでしょう(笑)。

つまり片渕さんは、大手スポンサーのヤマト運輸から「知名度の無いあなたが監督しても、うちは一切お金を出さないよ」と言われてしまったんですね(当時まだ28歳ぐらいだったので、経験不足等も要因かもしれませんが)。

そしてスポンサーとの打ち合わせ後、片渕さんは鈴木さんと相談し、監督を辞退することを決断。ただし鈴木さんは片渕さんを「あなたはこの作品に最後まで立ち会うべきだ」と言って引き止め、”演出補”として現場に残ることになったそうです。せっかく監督できるチャンスだったのになあ…

 

ちなみに、”演出補”とはどんな仕事なのでしょう?片渕さんによると「割と幅が広くてとらえどころが無いんですけど、今回の『魔女の宅急便』の場合は”カメラワークを決める”というのが主な仕事でした。カメラや撮影台をどう動かすか?背景を動かすスピードはどれぐらいか?透過光などの効果をどう使うか?そういったことを一つ一つ決めていく作業です」とのこと。

さらに、片渕さんは宮崎駿の演出スタイル”について以下のように説明しています。

演出というのは、乱暴な言い方をするとストーリーなどは二の次で、まず最初に「こういう時はこうするんだ」という法則を立て、それに従って物語を展開させていくことだと思うんです。実は、これは宮崎さんと一緒に仕事をしている時に気付いたことで、宮崎さんの仕事の進め方っていうのが、まさにそれなんですね。カット頭6コマで何かが始まるとか、フォロースピードが何ミリとか、6コマ以上のオーバーラップは無しとか…。

ストーリーの作り方や構成そのものにも宮崎さん独特の法則があるんですけど、それ以上に”テクニック上の法則”が色々あって、こういう場合にはこうなんだという法則を、引き出しとしてたくさん持っている方なんですね。ですから今回は、今まで自分なりに作ってきた法則と、宮崎さんから学んだ法則を実際に確認できてよかったです。 (『ロマンアルバム・エクストラ 魔女の宅急便』より)

 こうして監督を降板した片渕さんは、”演出補”として『魔女の宅急便』に関わることになったのですが、制作中にも様々なトラブルが勃発!中でも特にひどかったのが「セルの傷」でした。

元々セルは作業時に傷が付きやすく、スタッフも普段から注意してるんですが、『魔女の宅急便』の時は納品された新品のセル自体が不良品で、しかも傷が微小で気付くのが遅れ、すでにかなりの枚数を彩色した後に発覚!という最悪の状況だったらしい。

セルの小さな傷は肉眼で見つけるのが極めて難しく、撮影時に照明が当たってハレーションが出ることで初めて分かるケースも少なくありません。不良箇所を発見するために仕上げの女性たちが必死でチェックするものの、眼精疲労で目が開かなくなる人が続出!結局、透明部分に傷が入った彩色済みセルが大量に出来てしまいました。

不良品は、彩色作業に入っている1万枚と仕上げが完了した2万枚、合わせて3万枚にもおよび、「このセルどうする?」「全部破棄して作り直すのか?」「そんな時間も金もないぞ!」などと大騒ぎになり、スタジオジブリ創設以来の大ピンチに陥ってしまったのです。

 

そんな大混乱の中、颯爽と一人のスタッフが立ち上がりました。それが、片渕須直さんです!「一体どうするんだ…?」と不安げに見つめる他のスタッフたちの前で、おもむろにハサミを取り出した片渕さんは、なんとセルを切り抜き始めたのです!えええええ~!?

要は「完成済みの不良セルから傷付いた透明な部分を全部切り離し、”絵”の部分だけを別の新品セルに貼り付けて撮影する」という方法なのですよ。なるほど、これなら彩色済みのセルも無駄になりませんね……ってメチャクチャ面倒くさい!

※例えばこういうセルの場合、「キキの輪郭線に沿って絵を切り抜く」というわけです↓

魔女の宅急便

劇場アニメ『魔女の宅急便

セルに描かれたキキの髪の毛とか、またがっているホウキの先端とか、細かい部分をハサミで丁寧に切り取る作業はまさに「切り絵」と同じで、非常に手間がかかります。しかも切り抜いたセルの断面は撮影時にライトが当たると反射して光るため、いちいち黒のマジックで塗りつぶしていたという(1枚やるだけでも大変そう…)。

さらに、切り抜いたセルを新しいセルに両面テープで貼り付ける際、ちょっとでも位置がズレたら動きがガタつくため、1ミリもズレることなく完璧に元の絵と一致させなければならないのですよ。うわあああ!超面倒くせえええ!

しかし片渕さんは、この面倒な作業を「僕が一生懸命貼り直せば、その分だけ仕上げで塗り直す人の苦労を減らせるんだ!」と自分に言い聞かせながら黙々と続けたらしい。こうして『魔女の宅急便』はなんとか完成し、奇跡的に公開日に間に合ったのです。う~ん、すごい!セルアニメの時代にはこういう苦労があったんですねえ。

 

なお、映画の完成後に吉祥寺のホテルで打ち上げパーティが開かれ、片渕さんも参加したのですが、なぜか宮崎駿高畑勲鈴木敏夫という濃い面子のテーブルに座らされ、「次の映画はどうしよう?」という話になりました。

その席で「先日、音響監督の斯波重治さんからこれを提案されて…」と出て来たのがおもひでぽろぽろの単行本(実は、『魔女の宅急便』の監督に片渕さんを推薦したのも斯波さんだったらしい)。

しかし、「これはもしかして…」と何かを察した片渕さんはその話をスルー。「なぜ自分がこのテーブルに呼ばれたのかは知らないが、この先もジブリで誰かの演出補を続けていくつもりはなかったので」とのこと。

その後、『おもひでぽろぽろ』は高畑勲監督作品として制作されるわけですが、もしあのまま片渕さんがテーブルで3人の話に乗っていたら、何らかの形で『おもひでぽろぽろ』に関わっていたのかも…。まあ、それがいいことなのかどうなのかは分かりませんが(^^;)

 

●関連記事

type-r.hatenablog.com

 

※今回の記事を書くにあたり、以下の書籍を参照させていただきました

スタッフ大混乱!『トイ・ストーリー2』の制作現場を襲った史上最悪の悲劇とは…?

『トイ・ストーリー2』

トイ・ストーリー2


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

本日、金曜ロードSHOW!でトイ・ストーリー2が放送されます。本作は大ヒットCGアニメ『トイ・ストーリー』の続編として1999年に公開され、全世界で4億8000万ドル以上の興行収入を叩き出し、CGスタジオ「ピクサー」の名前をより一層世間に知らしめました。

その後、2010年には『トイ・ストーリー3』、2019年には『トイ・ストーリー4』が公開されていずれも大ヒットを記録し、改めて人気の高さを印象付けたのです。

さて、そんな『トイ・ストーリ』シリーズ、実は制作中に毎回トラブルが勃発していることでも有名で、中でも『トイ・ストーリー2』に起きた悲劇たるや、「あれほど酷いアクシデントは聞いたことがない」とハリウッド中で話題になるほど凄まじかったそうです。いったいどんな恐ろしい事故が…?

というわけで本日は、『トイ・ストーリー2』の制作中にスタッフたちを襲った「とんでもない悲劇」について書いてみますよ(^_^)


1998年のある日、ピクサーではシリーズ最新作『トイ・ストーリー2』の制作がいよいよ佳境を迎え、全スタッフが最後の調整作業に追われていました。当時、ピクサーの最高技術責任者だったオーレン・ジェイコブ氏も、ウッディのデザインについて同僚と打ち合わせをしていたそうです。

ところが…

オーレン氏がウッディのデータをチェックしていると、40個あったファイルが突然4個にまで減ってしまったのです。「え?」と驚いていると、他のファイルもオーレン氏の目の前で次々と消え始めたではありませんか!

「うわあああ!」

慌ててパソコンを操作するオーレン氏ですが、データの消失は止まりません。この端末はメインサーバーに繋がっているため、「あっちで何か異常が起きたのかも…」と考えたオーレン氏は急いでメインサーバーがあるマシンルームへ電話し、「データが消えてるぞ!どうなってるんだ!?」と問い合わせました。

しかしマシンルームの担当者も状況がわからずオロオロするばかりで、完全にパニック状態。そこでオーレン氏は「今すぐ電源を引っこ抜け!」と指示しましたが、何百台ものクライアントがサーバーに接続されているため、急に電源を切ることなど不可能です。

「一体どうすればいいんだ…」

そうこうしているうちにマスターシステムがダウンし、各CG制作者のPCも一斉にフリーズ。ここで全作業をストップせざるを得ない状況に陥ってしまいました。メインマシンは数時間後に復旧したものの、その時点で『トイ・ストーリー2』の全データのうち約90%が消失していたそうです。なんてこった…

後でわかったことですが、データ消失の原因は当時ピクサーで導入していた開発環境のLinuxで「rm(remove)コマンド」を実行したためでした。

「rm(remove)コマンド」とは、HDD内のファイルやディレクトリを削除するためのコマンドで、今回の事故ではスタッフの誰かが同プロジェクトのルートレベルでうっかり「参照しているディレクトリ以下の全てのファイルを消去するコマンド」を実行してしまったらしいのですよ。

まあ『天空の城ラピュタ』に例えると「バルス」みたいなもので、まさに”滅びの呪文”と言えるでしょう。まさかこんなにあっさり全データが吹っ飛んでしまうとは…恐ろしい!しかし、すでに映画の公開日が決まっているため嘆いている時間はありません。

オーレン氏はすぐさまピクサーのトップを集めて緊急会議を開き、今後の対応策について議論。そこで決まったのは「犯人捜しなどせず、どうやって作品を完成させるか、その方法を探すことだけに集中しよう」というものでした。気持ちを切り替え、作業に取り掛かるスタッフたち。

まず考えたのは「データの復元」です。我々が使っているパソコンでも「うっかり大切なファイルを消してしまった」というミスは良くあると思いますが、HDDから完全にデータを削除しても、専用のソフトを使えば復元できる可能性があるのですよ。

ただし、必ず復元が成功するとは限らず、場合によっては元に戻せないケースも少なくありません。今回の『トイ・ストーリー2』の場合は……残念ながら復元できなかったようです(泣)。

そこで次の手段は「バックアップ」を確認すること。こういうCG作品を作る際は、常にバックアップを取っていることが基本ですよね。そこでデータ消失から約48時間後には、バックアップからデータを復旧することに成功。「良かった~!」と思いきやなんと…

ピクサーで保存していた最新のバックアップデータは2カ月も前のもので、しかも使用しているバックアップ・ソフトウェアや検証用ソフトウェアが、エラーを適切に処理していなかったことが判明したのです(つまり全く使えない!)。

「終わった……何もかも……」

オーレン・ジェイコブ氏は膝から床に崩れ落ち、スタッフたちの間にも絶望的な空気が広がりました。「また1から全てのデータを作り直さなければならないのか…」「でも絶対に公開日には間に合わないぞ…」と。

しかし、ここで運が良いことに、1人のスタッフが自宅のPCにデータを保存していたことが判明し、データ消失の2週間前のバックアップを復旧することに成功したのです(たぶん社外へデータを持ち出すことは本当はダメなんだろうけど、この時ばかりは全員感謝していた模様w)。

そして、ここからスタッフ総出の突貫作業が開始されました。その内容は「2カ月前のデータ」と「2週間前のデータ」と「スタッフのローカルに保存されていたデータ」に共通するデータを選別し、一つ一つ目視で比較して検証すること。ぐわあああ!キツい!

約3万もあるデータを一つ一つ検証する作業は熾烈を極め、月曜日から日曜日まで全員が交代しながら続けたそうです。このデータを元にして制作チームは(完璧とまではいかないものの)ほぼ全てのデータを復旧し、ようやく「作品完成まであとわずか」という段階まで持ち直しました。

だがしかし…!

彼らの悲劇はこれだけでは終わらなかったのです。ジョン・ラセターがやって来て完成間近の『トイ・ストーリー2』を確認したところ、なんと「作り直し」の決断を下したのですよ!えええ!?せっかくここまで復旧したのに!そもそも何故、ジョン・ラセターはこのタイミングでそんな決断を?

実は『トイ・ストーリー2』は当初、劇場作品ではなく「ビデオ作品」として制作する予定でした。そこでピクサーの共同創業者エド・キャットムルは、二人のベテラン・アニメーターを監督に抜擢して『トイ・ストーリー2』の制作を任せていたのです(ジョン・ラセターは当時『バグズ・ライフ』の仕事が忙しくて関われなかった)。

しかし、初監督のアニメーターには荷が重かったのか、どうにも出来栄えが良くなかったらしい。試写室から出て来たジョン・ラセターは開口一番「大惨事だ!」と猛烈に批判。「物語は空っぽで簡単に先が読める上に緊張感がなく、ジョークも全く笑えない。こんなものをピクサーの新作として公開するわけにはいかないよ!」と猛抗議したそうです。

そこで『バグズ・ライフ』の仕事を終えたばかりのジョンが自ら脚本の修正に乗り出し、数日後には物語の見直しを完了。そしてピクサーの全社員を集めて新しくなった『トイ・ストーリー2』の内容を説明すると、みんなから拍手がわき起ったらしい(当然ながら元の監督は降板)。

ただ、問題は「本当に今から全部作り直すのか?」ということでした。この時点で公開日まで7カ月を切っており、常識的に考えればとても間に合いそうにありません。しかも、ディズニー側はこの件について特に問題視していなかったのですよ。

ジョン・ラセターが批判した最初のバージョンをディズニーの幹部たちに見せたところ、「別にいいんじゃない?出来はそんなに悪くないし、今から作り直している時間もないだろう。それに、所詮は”続編”じゃないか」と言われたそうです。それを聞いてアンドリュー・スタントンジョン・ラセターの右腕と称されたベテラン・クリエイター)は「いえ、絶対にやり直します!」とキッパリ言い切ったらしい(よっぽど悔しかったんだろうなあ…)。

なお、意外なことに当時ピクサーを所有していたスティーブ・ジョブズも『トイ・ストーリー2』の修正に賛成だったそうです(スティーブ曰く「ディズニーは”どうせ出来るわけがない”と思ってるんだろ?だったら連中をギャフンと言わせてやろうじゃないか!」)。

こうして全面的な手直しが決まった『トイ・ストーリー2』ですが、それから約6カ月間、スタッフは不眠不休の熾烈な作業を余儀なくされ、ほとんど家にも帰れず、家族の顔もろくに見ることが出来なかったそうです。

そして限界を超えて働き続けた結果、スタッフたちの疲労はどんどん蓄積され、残り数カ月となった頃には心身ともにボロボロに成り果てていました。そんなある日、疲れ切ったスタッフの一人が幼い我が子を車の後部座席に乗せて出勤(この時点で意識が朦朧としていた)。彼は途中で子供を託児所に預けるつもりだったのです。

ところが、会社に着いて仕事を始めて数時間後、奥さんから「子供が託児所にいないみたいだけど…」という電話がかかってきて、ようやく「あっ!車に乗せっぱなしだった!」と気付き、慌てて駐車場へ見に行ったら高温の車内でグッタリしている幼児の姿が…!

急いで水をかけて病院に連れて行ったおかげで、幸いにも子供は無事だったものの、もう少し遅かったら大変なことになっていたでしょう。しかも、こういう事例が一人ではなく、映画が完成した時には3分の1ものスタッフが何らかの反復性ストレス障害を発症していたというのだから恐ろしすぎる!いくら作品のためとはいえ、そんなに無理させたらアカンよ…

というわけで、想像を絶する様々なアクシデントを乗り越え、どうにかこうにか『トイ・ストーリー2』は1999年11月の公開日にギリギリで間に合い、無事に上映されました(日本では2000年3月公開)。

つまり、今我々が観ることが出来る『トイ・ストーリー2』は、1年以上かけて作ったデータが全部吹っ飛び、その後どうにか復旧させたものの、上司の「作り直せ!」の一言で再びゼロからやり直し…という紆余曲折を経てようやく完成したものだったんですね。まさかそんなに苦労していたとは…(泣)。今後『トイ・ストーリー2』を観る時は正座して観ます(^^;)



ピクサー流 創造するちから――小さな可能性から、大きな価値を生み出す方法
エイミー・ワラス エド・キャットムル

※今回の記事を書く際に参考にした本です

【衝撃の実話】『トイ・ストーリー』を作る前のピクサーは倒産寸前のヤバい会社だった!?

映画『トイ・ストーリー』

映画『トイ・ストーリー


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

本日、金曜ロードショートイ・ストーリーが放送されます。本作は1995年に公開された世界初のフルCG長編アニメーション映画で、当時その斬新な映像表現が話題になりました。

さらに感動的なストーリーも見どころで、アカデミー賞脚本賞やオリジナル主題歌賞・作曲賞などにノミネートされ、アカデミー特別業績賞を受賞。最終的に全世界で3億6千万ドルを超える興行収入を叩き出し、フルCGアニメの素晴らしさを世間に知らしめたのです。

そして『トイ・ストーリー』を作ったアニメ制作会社のピクサーは、その後『バグズ・ライフ』や『モンスターズ・インク』などヒット作を連発し、凄まじい勢いで急成長していったわけですが、実は『トイ・ストーリー』の公開直前まで大変な経営難に陥っていたことはあまり知られていないかもしれません。

というわけで本日は、ピクサーという会社を経営的な側面から詳しく描いた『世界一のアニメーション企業の今まで語られなかったお金の話』という本をご紹介しますよ。

 

この本の著者であるローレンス・レビー氏は、シリコンバレーの某IT企業で最高財務責任者として働いていました。そんなローレンスのもとへ1994年11月のある日、1本の電話がかかって来たのです。その電話をとると…

 

「もしもし、スティーブ・ジョブズです」

 

ローレンスはビックリしました。当時のスティーブ・ジョブズといえば、1985年にアップルを追放された後、新会社「NeXT」を立ち上げるものの今いち業績が芳しくない…そんな状況が続いていたのです。

しかしシリコンバレーでは相変わらず有名人で、ローレンスも「あのスティーブ・ジョブズがわざわざ僕に電話をかけてくるなんて…。NeXTの経営に関する相談だろうか?」と興味を持ったそうです。ところが、スティーブの口からは思いもかけない言葉が飛び出しました。

「実は”ピクサー”という会社のことなんだけどね」

ローレンスは再びビックリしました。「え?ピクサー?聞いたこともないぞ、そんな会社…」と動揺しましたが、とにかくスティーブと話をしたかったので「なるほど、それは面白そうですね。会って詳しく教えていただけますか?」と提案。

そして電話を切った後、急いでピクサーについて調べてみると、とんでもない会社であることが判明しました。

元々ピクサーは、『スター・ウォーズ』の監督:ジョージ・ルーカスが特殊効果制作会社「ILM」の中のCGアニメ部門として立ち上げた組織で、『スタートレックII カーンの逆襲』や『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』などに携わり、CGキャラクターを作ったりしていました。

 

そして1986年、アップルを退職したスティーブ・ジョブズルーカスフィルムからこの部門を買収し、「ピクサー」と名付けて独立させたのです。

当初スティーブは、ピクサーでCG制作の専用コンピュータとそれに関連するソフトウェアを開発し、政府や企業に販売するつもりでしたが、全く売れなかったらしい。

そこで自社製品の性能をPRするために、ピクサーの社員だったジョン・ラセターたちが短編のCGアニメーションを作ることになったのです。その結果、『ルクソーJr.』や『ティン・トイ』などの優れた作品が生み出され、アカデミー短編アニメ賞を受賞するなど高く評価されたものの、残念ながら短編映画は単独では劇場公開されないため興行収入は得られません。

仕方なくCM映像制作の仕事で食いつないでいましたが、ハードも売れずソフトも売れず、さらにCGの開発には莫大なコストがかかるため、毎月毎月ピクサーは赤字を垂れ流している状態でした。

しかもその赤字の穴埋めを、なんとスティーブ・ジョブズが自腹で補填していたのだから凄すぎる!その額、トータルで5000万ドル!「これだけ突っ込んでもまだ赤字を出し続けているとは、ピクサーってなんてヤバい会社なんだ…」と驚愕するローレンス。

実際、スティーブに会って話を聞くと「ジョージ・ルーカスから買収して以来、ピクサーはほとんど利益を上げていない。だから君に何とかして欲しいんだ」と言われましたが、どう考えても現時点ではリスクしかありません。

そしてスティーブから「近いうちにピクサーを見に来てくれないか?」と言われたローレンスは「断るべきか…」と悩みましたが、家に帰って奥さんに相談すると「よく考えもせずに断るような話じゃないでしょ。もう少し検討してみたら?決めるのはそれからでも遅くないわよ」と言われ、一応ピクサーの事務所を見てみることにしました。その数日後…

「ここがピクサーか……」

当時のピクサーはローレンスの自宅から車で2時間以上もかかる辺鄙な田舎町にありました。何の変哲もない平屋建てのビルで玄関ロビーはショボく、部屋の中も暗くて小さい。おまけに駐車場も狭いときている。

「最新のコンピューター・グラフィックスを開発している会社がこれなのか…?」と事務所のドアを開けながらローレンスは思ったそうです。中へ入るとさらに悲惨で、床のカーペットは擦り切れ、壁には何の飾りも無く、照明も不足していました(だから部屋全体が暗い)。

そしてピクサーの共同創業者エド・キャットムルに話を聞くと、「現在我々はディズニーから長編アニメーションの制作を請け負い、11月の完成を目指して作業しています。しかし、ご覧の通りお金がありません。毎月スティーブから小切手をもらい、それを運用資金にあてている状態なのです」とのこと。

それを聞いて、ローレンスは絶望的な気持ちになりました。正直、ピクサーの財政状況がここまで悪いとは思っていなかったからです。キャッシュはない。引当金もない。資金はスティーブ・ジョブズのポケットマネーのみ。会社としては、まさに破綻寸前の状態と言っても過言ではありません。

ピクサーはもうダメだな…」

ローレンスがそう考えているとドアをノックする音が。エド・キャットムルの秘書が「試写室の準備が整いました」と知らせに来たのです。それを聞いてエドは立ち上がりながらローレンスに声をかけました。「じゃあ行きましょうか。いま我々が作っているものをお見せしますよ

ピクサーの試写室は小さな映画館みたいな感じで窓が無く、正面に大きなスクリーンがあり、反対側には映写機が置かれていました。そして真ん中には、どこかで拾ってきたような古いカウチやひじ掛け椅子が並べてあったそうです。

「本気で映画を作っている会社の一番大事な部屋がコレかよ…?」とローレンスが呆れていると、「毎日ここにアニメーターたちが集まって、ジョン・ラセターと一緒に出来上がった映像をチェックしています」と説明するエド

そして「これからご覧いただく作品は、シーンの全てが完成しているわけではありません。一部のキャラクターが未完成だったり光の処理が不十分だったり、時間も10分程度です。予めご了承ください」との注意を受けた後、部屋が暗くなり上映が始まりました。

それから約10分間、ローレンスはこのオンボロの試写室で、今にも倒産しそうなこの会社で、想像を絶するほどクリエイティブな、まるで魔法のように素晴らしい映像を体験することになったのです。

ウッディ、バズ、レックス、ポテトヘッド、ハム、スリンキーなど、画面に登場する様々なオモチャたちが、みんな圧倒的な実体感を持って生き生きと動いている!こんな映像見たことない!うわあああ!

上映が終わり、部屋が明るくなるとローレンスはボロい試写室のボロい椅子に座ったままでした。しかし確かに10分間、彼はどこか他の世界を体験したのです。オモチャが感情を持ち、生きている世界を。こんなものが作れるなんて、この会社には魔法使いがいるに違いない…!

ローレンスが感動で震えていると、「いかがでしたか?」とエドに尋ねられ、「いや…なんて言ったらいいんでしょう。すごいですね!こんなの見たことありません。信じられない!みんなビックリすると思いますよ。本当に素晴らしい!」と興奮して答えました。

つい10分前までは「この会社もうダメだろ」などと見切りをつけそうになっていたのに、こんな急激に考えが変わるとは(笑)。まあ、それほどピクサーの仕事ぶりがすごかったということなのでしょう。

その後、別室でジョン・ラセターと面会したローレンスは「すごかったです!ピクサーでこんな素晴らしいアニメーションが作られていたとは知りませんでした!」と絶賛し、「そういえば作品名を聞いてませんでしたね。何というタイトルなんですか?」と尋ねました。

その問いに対し、ジョン・ラセターはこう答えました。「実はまだタイトルは決まってないんですよ。ただ、我々は『トイ・ストーリー』と呼んでいます」

 

「『トイ・ストーリー』…!」

 

こうしてローレンスと『トイ・ストーリー』の長い付き合いが始まったのです。当初ピクサーに失望感を抱いていたローレンスは、あまりにも見事な『トイ・ストーリー』の映像美に魅了され、最終的に会社を辞めてピクサーに転職することを決断しました。しかしその後、様々な試練が彼を待ち受けていたのです…!

映画『トイ・ストーリー』

映画『トイ・ストーリー

というわけで、『トイ・ストーリー』をめぐる本当のエピソードはここから始まるわけです。この本は一応ビジネス書に分類されてるんですが、ローレンスの人生は非常にドラマチックで波乱万丈!映画みたいで、とても面白かったですよ。気になる方はぜひ読んでみてください(^.^)

 

『彼女の想いで』『最臭兵器』『大砲の街』 オムニバス映画『MEMORIES』はこんなに凄いアニメだ!

『彼女の想いで』

『彼女の想いで』


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて先日ツイッターをやっていると、いま世間を賑わせている新型コロナウイルスの話になって、そこから(どういう流れか忘れましたが)、なぜか『最臭兵器』の話題になったんですね。

『最臭兵器』とは、大友克洋が製作総指揮を務めた短編アニメの一つであり、他2つの短編アニメ(『彼女の想いで』&『大砲の街』)と合わせて、オムニバス形式の『MEMORIES(メモリーズ)』というタイトルで1995年に劇場公開されました。

そこで僕としては「昔こういうアニメがあったんですよ~」的な軽い感覚で動画をツイッターに投稿したんですが、なんとメチャクチャ拡散されて5万件以上もいいねが付いてしまったのですよ。えええ!?なんで!?

いや~、25年も前のアニメにこんなに反響が来るとは思いませんでした。ちなみに、あらすじを簡単に紹介すると「薬品の研究所に勤めていた主人公が、ある日うっかり開発中のサンプル薬を飲んでしまい、それが政府に極秘で依頼されたヤバい薬品だったため、全身から異臭を放ち始め日本中がパニックに陥る」というコメディです。

そして取り上げた映像は、自分の身に何が起きたのか全く分からない主人公が、上司の指示に従って薬品の開発資料を本社まで運ぼうとするものの、途中で異臭がどんどん激しくなってきたため、「このままでは危険だ!」と政府が判断し、陸海空すべての自衛隊を出動させ、主人公に総攻撃を食らわせる…というシーンです(ムチャクチャだなあw)。

『最臭兵器』

『最臭兵器』

このツイートに寄せられた反応を見てみると、「懐かしい!」「このアニメ大好きでした!」などの意見が非常に多く、「こんなに古い作品なのに、意外とみんな観てるんだなあ」と驚きました(中には「小学校の授業で観た」という人も4~5人いて「どういうことだ!?」と混乱しましたけどw)。

また「初めて観た」「こんなアニメが25年前に作られていたなんて…」「面白そう!」という意見も多かったですね。なるほど、確かに若い人はまだ生まれていない頃なので、知らない人もいっぱいいるでしょう。

そこで調子に乗った僕は、『MEMORIES』の最初のエピソードにあたる『彼女の想いで』もツイートしたんですよ。こっちも素晴らしい作画で見応えがありますからね。そしたらなんと、11万件以上もいいねが!うわあああ!?

『彼女の想いで』は大友克洋が描いた同名の漫画を原作とし、「2029年に宇宙でスペースデブリの回収作業をしていた作業員たちが謎の宇宙船を発見し、中へ入って調査していると次々と不思議な現象が起こり始め…」というSFサスペンスです(ちょっと怖いんですが、切なくていい物語ですよ)。

スタッフも豪華で、『AKIRA』や『魔女の宅急便』などに参加したベテラン・アニメーター:森本晃司が監督を務め、『オネアミスの翼』や『走れメロス』などの超絶技巧で”カリスマ・アニメーター”と呼称される井上俊之作画監督、『パーフェクトブルー』『千年女優』『パプリカ』などの監督として知られる今敏が脚本・レイアウト、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air』で弐号機と量産機の激闘シーンを描いた磯光雄が設定、そして『攻殻機動隊』や『人狼』など数多くの作品でリアルな描写を追求し続けている凄腕アニメーターの沖浦啓之が原画として参加しているのです(他にも巧い原画マンがゾロゾロとw)。

この映像に対しては「え?CGを一切使ってないの?」「全部手描きのセルアニメ?」「嘘でしょ!?」みたいな反応が最も多かったですね。最近はメカだけでなくキャラもCGで描くことが増えていますが、そんな中、CGを使わないオール手描き作画の緻密で自然な動きが印象的に映ったのでしょう。

『彼女の想いで』

『彼女の想いで』

そして3つ目のエピソード『大砲の街』についてもツイートで紹介しようかな…と思ったんですけど、こちらのアニメの場合はどこか特定のシーンがすごい!とかではなく、「全編23分をワンカットで描いている」という点が最大の特徴なんですよ。

まあ実写映画では、『カメラを止めるな!』の「37分ワンカット」や、現在公開中の『1917 命をかけた伝令』の「全編ワンカット撮影」など色々ありますが、アニメでこの手の長回しはあまり例がありません。なぜなら「描くのが大変だから」です。

基本的にアニメーターは1秒間に8枚~12枚ぐらいの(場合によってはもっと多い)絵を描いていて、秒数が伸びれば必然的に描く分量も増えるわけです。止まっている絵ならまだしも、動いている絵をずっと描き続けるのはさすがに至難の業でしょう。ましてや全編ワンカットなんて正気の沙汰ではありません!

当然ながら大友克洋さんがこのアイデアを提案した時、全スタッフが思いました。「そんなの、どうやってやるんだよ…?」と。この難題にチャレンジすることになったのが、後に『この世界の片隅に』で大ヒットを飛ばすことになる片渕須直さんです。

当時の片渕さんは『アリーテ姫』の制作準備のためにスタジオ4℃に出入りしてたんですが、ある日プロデューサーに呼び出され、「大友さんが全編ワンカットのアニメを作ろうとしている。ぜひ協力して欲しい」と告げられたのです。それを聞いた片淵さんは言いました。

「一体どうやって?」

こうして前代未聞の「全編ワンカットアニメ」に関わることになった片淵さんは試行錯誤するものの、当時はデジタル技術もまだ十分に普及しておらず、セルに描かれた絵を1枚ずつ撮影していたため、どう考えても実際に全編をワンカットで作ることなど不可能です。

そこで片淵さんは全体を30ぐらいのカットに分割し、それぞれの繋ぎ目が分からないようにフィルムをオプチカル合成することで「全編ワンカット(のように見える)アニメ」を作ることにしました(よく見ると「煙」や「黒バック」などを映すタイミングで場面を繋いでいる)。

とは言うものの、大友さんが描いた絵コンテはワンカット前提の描写となっており、キャラクターを追うカメラが常にあちこち動きまくり、一筋縄ではいきません。実写の場合は被写体に向けてカメラを振ればそれで済みますが、アニメの場合は撮影台を固定して絵の方を動かすため、動きが大きくなればなるほど大きな紙に絵を描かねばならないからです(あるアニメーターは紙がデカすぎて机に乗せられないため、床に置いて絵を描くはめになったらしい)。

『大砲の街』

『大砲の街』

また、カメラワークが複雑になると、それに合わせて背景も大きく描かねばなりません。なので普通のパネルに画用紙を貼っても全然面積が足りず、仕方ないからベニヤ板を買ってきて大きな画用紙を水貼りし、そこに背景を描くなど大変な苦労を強いられたそうです。

さらに長いカットを撮影するには「ライト」も問題でした。全編ワンカット(のように見える)アニメを作るためには、全シーンの明るさを統一する必要があります。しかし、撮影の途中でライトを消して、次にまたライトを点けると、厳密に同じ電流量にはならず、必ず僅かな誤差が生じます。この状態で撮影すると、ワンカットの途中で色味がパカパカと変わってしまうのですよ。

これを避けるためにはどうするか?なんと、1日の撮影が終わるとそのままライトを点けっぱなしで帰宅し、翌日またその状態から作業を再開したそうです(ただし、この方法も途中でライトが切れたら最初からやり直しになってしまうため、片淵さんは常にヒヤヒヤしていたというw)。

こうして何とか『大砲の街』を完成させた片淵さんは、その後『ちびまる子ちゃん』や『名犬ラッシー』など様々なアニメに携わり、21年後に『この世界の片隅に』で高く評価されることになったのです。

ちなみに『大砲の街』の内容は「巨大な大砲を備えた移動都市を舞台に、そこで暮らす主人公とその家族たちの姿を描いた物語」で非常にシンプルです。Amazonビデオで視聴できるので、興味がある方は『彼女の想いで』や『最臭兵器』と合わせてぜひ一度ご覧ください(^.^)