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映画『ジョーカー』の疑問を考察!ラストシーンの意味は?(ネタバレ解説)

映画ジョーカー

映画『ジョーカー』より

※今回の記事は完全にネタバレしています。映画『ジョーカー』を観ていない人はご注意ください

 

どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

現在、大ヒット公開中の映画『ジョーカー』について、「ホアキン・フェニックスの演技がすごい!」とか「『タクシードライバー』と『キング・オブ・コメディ』にそっくりじゃん!」とか、様々な評価や感想が溢れ返っていますが、アメコミのキャラクターを主人公にして、”貧困”や”格差”などの社会問題をここまでシリアスに描いた点に注目が集まっているようです。

 

そんな中で、特に話題になっていることと言えば「映画の結末をめぐる解釈」でしょう。

 

この『ジョーカー』という物語は、主人公であるアーサーの視点を中心に展開していくんですけど、実はアーサーが精神病を患っているため、時々「妄想シーン」が入って来るんですね。

わかりやすいのは、マーレイ(ロバート・デ・ニーロ)が司会を務めるTV番組を見ていると、アーサー自身もその番組に出演して喝さいを浴びる…というシーン。

そしてシングルマザーのソフィー(ザジー・ビーツ)と仲良くデートする場面も、後にアーサーの妄想であったことが判明します。

前者は「まあ、テレビを見ながら妄想する人ってよくいるよね」ぐらいの感覚ですが、後者は「あ…この人ヤベェぞ…」という具合に、徐々にアーサーの妄想癖が悪化していく様子が現れていて怖い。

ただ、はっきり”妄想”と分かる場面はいいんですが、多くは意図的に”妄想”と”現実”が入り混じっており、そのせいで「これって妄想?それとも現実?」みたいに観客が混乱してしまうのですよ。

例えば、電車の中で3人のサラリーマンを射殺するシーン。ここでアーサーは同僚から渡された拳銃(S&W チーフスペシャルM36?)を使っていますが、このタイプのリボルバーは、通常5発か6発の装弾数しかありません。

にもかかわらず、劇中では8発以上も撃ちまくっているのです(リロードしている様子も無し)。このため「あのシーンはアーサーの妄想だったんじゃないの?」という意見も出ているらしい。

また、アーサーが冷蔵庫の中身を全部出して中へ入ってしまうシーン。あれって実はホアキン・フェニックスのアドリブだったのですが、あまりにも奇妙すぎて他の場面とカットが繋がらず、そのため「”妄想の世界に入っていく”という暗喩なのでは…」などと解釈する人まで現れ大混乱!

特に「アーサーが精神病院の一室で女性カウンセラーと会話する」というラストシーンの意味については、『ジョーカー』を考察している人たちの間でも激しく意見がわかれている模様。ちなみに、その解釈は大きくわけて以下の3つになるようです。

 

●時系列通り説
●過去のシーン説
●全部妄想説

 

まず「時系列通り説」の場合、あのラストは「アーサーが警察に捕まった後」ということになります。つまり、生放送中にマーレイを射殺した後、逮捕されて精神病院に送られた…ということですね。

まあ普通に見たままの解釈であり、話の流れ的にも割と自然に思えるので、可能性としてはこの説が一番ありそうな気がします。

ただ、TVに出演する前に緑(グリーン)に染めていたはずの髪の色が黒髪に戻っているし、ヒゲも伸びてるし、逮捕された直後には見えないんですよねえ(入院して詳しく検査 → 数日経過という状況なのかもしれませんが)。ちょっとその辺が気になりました。

 

次に「過去のシーン説」の場合、あのラストは時系列通りではなく、本編が始まる前の映像ではないか?という解釈です。

映画の前半で、アーサーが過去に精神病院へ入っていたことがカウンセラーとの会話で明かされますが、その時に一瞬フラッシュバックする回想シーン(ガラスに頭を打ち付ける場面)がラストの光景とよく似ているのです。

もしこの説が正しいなら、『ジョーカー』のストーリーは「マスクを被った大勢の民衆から称賛される場面」で一旦終わっていて、ラストは「アーサーの過去(本性)を明かしている」ということになるでしょう。

つまり、「善良だったアーサーが病気や環境のせいで次第に悪の道へ堕ちていったように見えるがそうではなく、実はもともと危険なヤツだった」という意味になり、映画の印象がひっくり返ってしまうのですよ(まあ、これはこれで”怖くていい終わり方”かもしれませんがw)。

ただ、部屋を出たアーサーは血の足跡をつけながら廊下を歩いていました。あれ、絶対カウンセラーの人を殺してますよね?そうだとすれば(いくらゴッサムが犯罪者だらけと言っても)精神病院を出て普通に働けるとは思えません。

それに、カウンセラーとの会話中に「ウェイン夫妻の射殺シーン」が挿入されますが、過去のシーンだとすれば何故そんな「未来に起きる出来事」が映るのか?など、色々腑に落ちない点があるのです。なので、ちょっと説としては弱いかなあと。

 

最後に「全部妄想説」の場合、「本編の出来事は全てアーサーがカウンセラーに語った妄想話だった」ということになります。つまり、3人のサラリーマンやマーレイを射殺したことなども、ぜ~んぶ嘘!

さすがに「夢オチ」みたいになってしまうので、個人的にはあまりこの説を支持したくないんですが、アーサーの視点は妄想と現実が混在しており、「前半は薬のおかげで精神を保っていたが、薬が打ち切られた後半以降は全て妄想だ」という意見もあるようで、可能性としては無くはないんですよね。う~ん…

映画ジョーカー

映画『ジョーカー』より

あと気になったのがトッド・フィリップス監督のコメントで、「アーサーは最後に”ジョーク”を思い付いて笑う。あのシーンだけが彼が”本当に笑っている場面”なんだ」と説明してるんですよ。

「アーサーは病気で”自分の意志とは関係なく”笑ってしまったり、他の人に合わせるために”ウソの笑い”をしていることがほとんどだが、最後に精神病院の部屋で見せるあの笑いだけは、彼が唯一、心から笑っているシーンなんだよ」 (ロサンゼルス・タイムズ誌のインタビューより)

「アーサーが唯一、心から笑っているシーン」とはどういう意味なのでしょう?ここだけが現実で、他は全部現実ではない…という意味なのでしょうか?そもそも、アーサーが思いついた”ジョーク”とはどんな内容だったのか?カウンセラーが「どんなジョークなの?」と聞いてもアーサーは「君には理解できないよ」と教えてくれません。

ただし、アーサーが笑い出す直前に「銃で撃たれて倒れた両親の前で呆然と立ち尽くすブルース・ウェイン少年」の映像が一瞬映っています。もしこのシーン自体がアーサーの妄想だとするならば、「俺が騒動を起こしたせいでトーマス・ウェインが殺され、その息子が将来ヒーローになるって…最高に面白いジョークじゃないか!」と想像して笑ったのではないでしょうか?

しかし仮にそうだとすれば、非常に恐ろしい話になります。なぜなら、バットマンという存在すらジョーカーの妄想(ジョーク)だった」という意味になるわけですから!すなわち、普通ならあのシーンを見て「バットマンの誕生」を期待するでしょうけど、もしあれが妄想だったら「現実の世界にはヒーローなんていないんだよ!」という真逆のメッセージになってしまうのですよ。アメコミ映画でなんて大胆なことを…(^^;)

その他、アーサーとブルース少年との年齢差があまりにも大きすぎるため、「実はアーサーは本物のジョーカーじゃなかった説」を唱える人まで出て来るなど議論はますます白熱している模様(アーサーの姿を見て感化された別の人間が、数年後にジョーカーを名乗ってゴッサムに君臨する…という説です)。

たぶん作り手側も意図的に「観客が色んなことを考察したくなるような状況」を狙っていたと思うんですが、それにしても「なんて語りがいのある映画なんだ!」と感心せざるを得ません(笑)。

 

なお、映画『ジョーカー』の疑問について世界中で多くの観客が様々な解釈や考察を試みていることに関し、トッド・フィリップス監督は否定も肯定もせず、「彼らが正しいかどうかは言わないが、いずれ僕たちが何を考え、何を意図してシナリオを書いたのか、全て説明するつもりだ」と語っているそうです。

う~ん、どうやら監督の中では「正解」がハッキリと決まっているようですね。果たしてその”真相”が明かされる日はいつなのでしょうか?早く知りたいなあ(^^;)




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