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庵野秀明監督と岡本喜八監督の貴重な対談


昨日、NHKの「クローズアップ現代」で、映画監督の岡本喜八特集を放送していた。『シリーズ戦後70年 若者たちへ 〜映画監督・岡本喜八のメッセージ〜』と題されたこの番組では、『肉弾』や『独立愚連隊』など様々な戦争映画で知られる岡本喜八監督作品を取り上げ、「なぜ今の若者たちに注目されているのか?」を検証。戦争映画を通して、現代に通じるメッセージを汲み取ろうとしている。

この番組を見て、2013年2月7日に日本映画専門チャンネルで放送された『対談 岡本喜八×庵野秀明』という番組を思い出した。『新世紀エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督は以前から岡本監督の大ファンを公言しており、自分のアニメ(『トップをねらえ!』等)にも”岡本喜八オマージュ”をバンバンぶち込むほど傾倒しまくっているのだ。

特に『激動の昭和史 沖縄決戦』からの影響が凄まじく、テロップの出し方やカット割りの類似が至る所に見受けられ、さらに「米艦艇が多すぎて海が見えない」「船が七分に海が三分だ!」というセリフを、「敵の数が多すぎて宇宙が黒く見えない」「敵が七分に黒が三分だ!」と言い換えるなど、トップをねらえ!』の後半部分が”ほぼ『沖縄決戦』”と化しているのは有名な話だ。

というわけで本日は、この番組の元になった企画で、「月刊アニメージュ」1997年1月号に掲載された「庵野秀明監督 vs 岡本喜八監督対談 『写真(映画)』の話に来ました。」という長大な記事の中から、(全文ではなく)一部を抜粋してみる。プロの作り手同士にしか語り得ない、映画製作の技術や想いが語られた日本映画史的にも実に貴重な対談だと思います。


■劇場版公開記念 庵野秀明監督 vs 岡本喜八監督対談
「『写真(映画)』の話に来ました。」
庵野秀明監督が「個人の人生観、フィルムの演出家としても正直、多大な影響を受けている」(LD「激動の昭和史・沖縄決戦」特別寄稿より)という、岡本喜八監督と、写真(映画)について語り合った。場所は神奈川県・生田にある岡本監督の自宅。作り手同士でなければ語り合えない、映画作りの秘密の一端がそこにあった。


●スクリーンについて
岡本:拝見しました、ビデオ。

庵野:お恥ずかしい限りです。

岡本:今朝、もういっぺん、結局二回見た。初めの見方が悪くて、最初の…

AM(アニメージュ担当者):『エヴァンゲリオン』?

岡本:そう、あれを一番ケツから見ちゃった。

AM:じゃ、あの最終回ですね。

岡本:(参考資料に)「物議を醸した」と書いてあったから。最初はよく意味がわからなくて、のっけにあれを見ちゃったもので(笑)。

庵野:すみません、お手間をかけまして。

岡本:あれ、順番で見たら面白かった。

庵野:ありがとうございます!さっきから汗が出っぱなしです(既に緊張している)。

岡本:『トップをねらえ!』の方がわかりやすいね。2本目(最終話)がモノクロですね。あれは、多分あれが目立つようにだと思ったけど、最後の”オカエリナサイ”が。

庵野:僕の世代は、モノクロからカラーの時代なんです。カラーのありがたみを今の人にもわかってもらおうと(笑)。あれは35(ミリフィルム)のモノクロなんです。

岡本:僕はモノクロが好きで、半分近いんじゃないかしら、白黒が。

庵野:最近は、テレビのCMとかでもモノクロが増えてますね。ポスターにしても、何か流行ってますね。

岡本:それから、部分着色とかね。

庵野:パートカラーとかですね。綺麗なフルカラーにみんな目が慣れちゃってるので、逆に珍しいんでしょうね、今は。

岡本:ただ、今は現像費が高いから。昔は白黒用の現像液というのがちゃんと常時あったんだけど、今は、白黒の注文が入ってくると、新しく現像液を作るから。

庵野:カラーだと即日で現像できるんですけどね。『トップをねらえ!』の時もモノクロは「中1日くれ」と言われて、ちょっと難儀しましたが、スケジュール的に。ラッシュが中1日じゃないと上がってこなかったんですよ。

岡本:でも、あれは退色しないからね。時間が経つと、プリントは特に…

庵野:赤くなっちゃいますからね。

岡本:全体がピンクになって、ピンク映画を撮ったんじゃなかったのに(笑)。でも、ネガでも多少は退色していくから。『肉弾』から4〜5年後からは、カラーの方がはるかにコストが安かった。

庵野:『肉弾』は2度しか観てないんですよ。

岡本:2度観れば十分(笑)。

庵野:やり切れなくて、観れないんですよ。観ててすごくつらくなるんです。そのかわり、2度しか観てないんですけど、鮮明に各カットとか覚えてます。切り返しのカット繋ぎまで、多分、かなり正確に覚えてるんじゃないかと。それぐらいインパクトがありました。

逆に、『日本のいちばん長い日』とか『沖縄決戦』は何度も何度も観てるんですよ。一時期、絵コンテをやってる時のBGVにしてまして、BGVのつもりがついそっちの方を観てしまい、「ああ、3時間つぶしてしまった」ということになるんですが(笑)。『沖縄決戦』は、僕が生涯で一番何度も観た映画なんです。のべ100回以上観てますね。

AM:どうしてそれだけ気に入ってしまったんでしょうか?

庵野:生理的なものだと思います。

岡本:僕が『沖縄決戦』の撮影に行った時は、真文仁(沖縄最南端)から南というのは、まだ遺骨が散乱してて、一方、忠魂碑というか、各県の碑が競争するように建ってて、そんなものを建てるよりは、遺骨を集めて弔うのに金を使った方がいいと思ったけどね。だから、あそこの南自体は、自分が歩いているところも死体が埋まっているだろうという感じがあって、どうも嫌だったね。

でも、庵野さんの作品なんかを観てると、人がいくらでも出せるから、うらやましい(笑)。実写だと一人いくらって、すぐ…最近はエキストラは1日6800円なんだけど、当時はドルだった。金が無いからっていうんで、沖縄ロケは19人で行ったんです。そうしたら、報道陣が20何人も来たわけ。なんで報道陣の方が多いんだ!って頭にきて(笑)。結局、俳優さんがいないから僕も出ちゃって、「海が見えませ〜ん」という監視長の役を自分でやった。

AM:ご自身も出て。

岡本:うん、人手不足で。

AM:そういうことで言うと、「アニメは描けばいい」と。

岡本:でも、それなりにご苦労があるんだろうけど。

庵野:あります。実写の方が羨ましいというのはありますね。絵をやっていたら実写にあこがれて、多分、実写をやっていたら絵の方にあこがれると思います。結局、無いものねだりだと思いますけど。アニメは、カメラを動かせないんですよ。最近はCGがあって、それなりに楽になってますけど。それでもまだ、”CGくささ”というのが残りますからね。

岡本:かなりの苦労のあとが見えるけど、例えば影か何かで、カメラを動かさなくても、人がちゃんと動いたように見せるとか、シャドーか何かで。

庵野:アニメだと、どうしてもフィックスがメインになっちゃいますね。あとは2次元的なパンやTU(トラックアップ)等しかカメラは動かせないです。背動や回り込みは効率が悪いですね、アニメだと。

岡本:テンポもいいし。

庵野:テンポは岡本さんの影響を直撃してますね。あれこそアニメに向いてると思うんですけどね、あのテンポ。カットを割る時の面白さです。カットの内容じゃなくて、カットが切り替わる瞬間の快感というのが、岡本さんの写真にはすごくあると思うんですけど。ですから、フィックスの情報量と、それが切り替わる瞬間ですね。上手にいた人物が下に入れ替わるときの、このシルエットの変化とか。

特に、あんなスタンダードみたいな特長のないフレームの形だと、それぐらいしかないと思うんですよ。ナメの使い方にしても凄くいいなと。特にシネスコだと、あれが出来ていいですよね。今シネスコが無いのが凄く残念なんですけど。ビスタにしても、この中途半端なフレームが…って思いますよ。スタンダードも嫌いなんですけど、ビスタも中途半端で嫌なんです。やはり写真はシネスコだと思います。

岡本:どうしようもない隙間の埋め方が、面白いよね。例えば、ビスタサイズまではフルショットでもさまになるし、カウボーイサイズもさまになるんだけど、シネスコときたら、フルショットで撮ってもカウボーイサイズで撮っても、こっちに何か投げないと絵にならない。でも、それを利用して絵作りが楽しくできる。

庵野:あと、シネスコになると、劇場で客が(画面の幅に合わせて)首を振ってくれるじゃないですか。あれはテレビには無いと思うんですよ。だから僕は、シネスコ以外は映画のありがたみというか、写真に意味が無いんじゃないかと思うんですけど。


●カット割のテンポについて
庵野:ああいうカット割りのテンポとかって、生理的なものなんですか?勘で切るとか、もうここで切ろうと回している時に決めているとか…

岡本:まあ、回してる時に決まってる。最低は2コマなんだけど、でも、最低、まばたき一つがパチャで8コマ。だから、8コマは大事にしないとダメかなあと思うんだけど。

庵野:8か7って聞いたんですけど。確認させないで残すには6。何かをわからすためには最低9コマ必要だと聞いてますが。

岡本:僕は4刻み。8ビートじゃないけど、8だと思う。ちょっと目の大きい人のパチクリは12コマとかね。

庵野:4と7。2でも、絵だと残っちゃうんですよね。

岡本:2コマがサブリミナル効果

庵野:あれは嘘だと思いますけど。アニメだと絵なので、情報量が限られてるんですよ。だから、見慣れた絵だと、2コマでも十分印象に残っちゃうんですよね。動きがあると7ぐらいです。止め絵だと、3コマでもたるいような気がしちゃいます。1だとさすがにわからないですけど、2もあれば十分です。セル面積の多い止め絵の場合ですが。

岡本:だから走る時は8コマ使うのかな、8歩。歩きはだいたい4歩で十分という感じがあって。だから4歩に決めちゃうと、あとは、ちょっと崩すと、奇数を使ってると、ちょっと慌ててるなとか。

庵野:戦闘シーンになると7とか出ちゃうんですけど。

岡本:中途半端の方がいいと思うね。

庵野:インサートで7コマ。実際には12ぐらいでフィルムを撮って、カッティングの時に3を落とすか6か5落としちゃうんですけどね。アニメの場合は絵で決めちゃってますから、ここで切るだろうな、みたいなところで。AC(アクションカット)以外は、ほとんど。あと、セリフのテンポとか、そういうリズムしかないんですけどね、切る時に。僕は、20分切るのに2時間ぐらいかけちゃうんですけど、一番長いのは24時間ぐらい、2日にかけて。

岡本:僕の場合は、編集でもらえる時間がだいたい4日ぐらいしかないんだけど、同じ4日もらって去年『EAST MEETS WEST』の編集をやったら、どうも全体的に僕のテンポじゃない。それは、結局、その後にわかったんだけど、脳梗塞があって、去年の2月ごろからちょっとおかしかった。もし病気だと分かっていたら、もう1日か2日もらって、推敲を何度も何度もやるのを、もう1回りか2回りやっておけば今のテンポになったと思うんだけど。だから、気になってしょうがなくて、この春、編集をやり直したの。

AM:そのぐらい、気になるものなんですね。

岡本:それだけ、自分のテンポが出なかったんだよね。そんなはずじゃないと。だから、再編集したやつは1時間44分40秒に詰まったんですよ。最初にやったのは2時間3分。それが、それだけ縮まった。それだけ縮めたら、見違えるようになった。ああ、俺のテンポだと。今度、テレビ朝日で放映する時は、短いやつが出ると思うんだけど。

庵野:じゃ、そっちの方を期待してます。正直、年をとられたのかなと思ったんですけど(笑)。

岡本:年もそうだけど、アメリカへ行くと割と悠々としちゃうところがあってね。年のせいも多分にあるだろう。でも年は、テンポの場合はあまり関係ないと思うけどね。

庵野:リズムですからね。

岡本:だから、性格的にちょっと短気なところがあるんだけど、例えばワンシーンを、たまに3分か4分のシーンをワンカットで撮る時なんかは、イライラの限度で切っちゃう、前後は。

庵野:僕もカット尻は必ず切っちゃうんですよ。”閉じ口3コマ”というやつなんですが。だから、セリフ切りになっちゃいますね。かなりタイトな形になってしまうんですけど。

岡本:でも、セリフが終わったところでパッとやると、それはパッパッとならない。1コマか2コマだけちょっと入れると、随分パキッてなっちゃう。例えば、「織田信長?」と言ったのを、「ガ」いっぱいで切っちゃうと、「オダノブナ?」ってなる。

庵野:残りが切れないですね。少し残して切る。

岡本:ほんの1コマか2コマ。

庵野:役者の口が閉じて、それでパッと切る感じなんですかね?

岡本:というより、音のあれを、「信長」の「ガ」が終わって、ほんの1コマか2コマで、こういう感じになると思うんだけど。

庵野:セリフの終わりと同時にポンとシーンが変わるとか、ああいうのは凄く気持ちいいんです、見てて。そういうテンポを教えていただいたのは、岡本監督のフィルムなんです。岡本監督の写真で、身体に染みついてしまったものだと思うんですけど。でもそれは結局マネでしかなくて、見られて恥ずかしくてしょうがないです。

岡本:それは正しいと思いますよ。長年いじくってないと、そういう感じは出ないですよ。根本的に、自分が楽しまなければ、お客も楽しまないと思う。

庵野:ええ、そう思います。


●登場人物のリアクションについて
岡本:だから、自分が気持ちいいことをやっておけば…芝居のリアクションが要るところは、お客が見たい方に、ということだからね。アタックしている方がいれば、その受けのディフェンス側はどんな顔をしてるんだろうと、お客は知りたがるだろうと。だから、リアクションを入れるんだけど。

庵野:必ずと言っていいほどリアクションが入ってますよね。

岡本:だから、40〜50カットの場合、(アタックとディフェンスのリアクションを)真半分に割っちゃって撮ってる。それは今の若い人は難しいっていうけど、一番楽だと思う、覚えておけばね。

庵野:『ブルークリスマス』もいいんですよ。あれもリアクションが必ず入ってますよね。オフ台詞がないというのが良かったです。フィックスの長回しじゃなくて、必ず切り返しのオンで行ってますよね。あれがカッコいいっス。どんな小さいリアクションでも、セリフの受けを必ず入れてますよね。「オッ」という仲代さんの(手振りを入れながら)こういうのも入ってて、あの細かさが徹底してて、良かったです。何かあったら必ず「はい」っていう返事が入ってますよね。「はい」というので切るとか、すごく好きなんです。僕もコンテを切ってると必ずそこまで入れてしまうんです。スタッフからは「ちょっとしつこい」と言われるんですけど。

岡本:でも、ビデオを拝見してて、親近感というか(笑)。

庵野:ありがとうございます!

岡本:それはあったから。

庵野:「一番好きな映画監督はどなたか」と聞かれたら、考える間もなく「岡本喜八」と言ってしまうほどでして…

岡本:どうも恐縮で(笑)。でも、リアクションなしのやつはたまに見るんだけど、やっぱり延々と続くと、見たいな、見たいな、(相手は)どんな顔してるんだろうと思うと、頭痛くなってくる。

庵野:最近は(そういうことを)客に考えさせるっていうふうにいってしまったんですけどね。これまでちょっと親切に見せすぎたかなと。意図的に見せない方法もちょっと考えて。

岡本:長回ししてると、それしか手がないものね。

庵野:それにもそろそろ飽きてきて、何か新しいものがないかなあと思うんですけど。

岡本:最近の新しさっていうのは、シーンの中でも「飛ぶ」ってことかなあ。

庵野:”段取り抜き”ですよね。あの飛び方の気持ちよさというのは、あると思うんですけど。情報操作に近いと思うんですよね。客に見せるものを決めてて、これだけあれば十分という。

岡本:お客の方が、撮る側より進んでるからね。だから、かなり飛べるような気がする。

庵野:テレビのおかげで、みんな映像を見慣れてますから、そういうのについていけると思うんですよ。だから新しい文法が出て来るとは思うんですが、逆に今、ヌーベル・バーグとかに戻ってますね。一周しちゃったのかもしれませんが。


●アニメと実写
岡本:アニメと実写って、どっちもどっちなんだけど、実写が最高なんじゃなくて、アニメの方が「かなりこの辺は優位だよ」というのが絶対あり得ると思うし。

庵野:アニメーションの監督の中には、実写に対するあこがれというか、グチも多いんですよ。ただ、実写の映像をセルの絵に置き換えてスライドさせてるだけなんですね。アニメを実写に近付けたいだけなんじゃないかと。

岡本:それは、そんなこと考えない方がいいんじゃないかな。

庵野:そうなんです。それは見ててつらいものがあります。

岡本:で、お互いに限界はあるしね。

AM:庵野さんは、岡本さんのつなぎのリズムとか、アニメーションも、みんなちゃんと参考にすればいいのにという話をされてましたね。

庵野:アニメって、”止めの世界”でもあるわけです。止めの世界から止めの世界へ変わる瞬間っていうのに快感を求めるのが、一番効率がいいと思うんですよ。カットがわりとか、そういうところ。

AM:岡本さんの映画を見てて、その心地良さを感じたと。

庵野:ええ。テレビだと、30分で概ね動画枚数が3500枚という制約があるわけです。だから、満足には動かせないんですよ。だったら、動かせない中でどこに映像としての効率の良さを求めるかといったら、カットがわりにあると思うんです。

AM:そのカットがわりの気持ちよさという点では、岡本さんの映画って、すごく気持ちいいですよね。

庵野:すっごく気持ちいいです。フィルムという快楽の一つの極みですね。


※劇場版公開決定記念 庵野秀明監督 vs 岡本喜八監督対談 「『写真(映画)』の話に来ました。」(月刊アニメージュ 1997年1月号より)


しどろもどろ―映画監督岡本喜八対談集

※今回取り上げた対談の全文は、こちらの本に収録されています


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