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山賀博之、『超時空要塞マクロス』の壮絶な制作現場を語る


つい先日、かなり以前に書いた超時空要塞マクロス』の記事になぜか突然大きなアクセスがあった。「こんな古い記事になんで今頃?」と驚いたが、理由は良く分からない。↓


ただ最近、NHKで「若手アニメーターの平均年収は110万円」というニュースが報じられたことをきっかけに、「労働環境が過酷すぎる」「日本のアニメはブラック業界なのか?」みたいな記事が話題になっていたので、そういうニュースに触発されたのかもしれない。


なぜ若者は遣い潰されるのか――日本のアニメはブラック業界


とりあえず、山賀博之(『オネアミスの翼』の監督)が以前『超時空要塞マクロス』の現場で働いていた頃の体験を「クイック・ジャパン」で語っていたので、記事の補足説明として書いておきます(インタビュアーは竹熊健太郎)。

竹熊:それで、上京してテレビの『超時空要塞マクロス』に参加されたんですか?


山賀:最初はオープニングの演出ですね。あれの企画が立ちあがって、しばらくした時に呼ばれて行って。


竹熊:『マクロス』はどれぐらいやってたんですか?


山賀:1年ちょいですね。


竹熊:あれも今から考えると凄い作り方をしていたみたいですね。


山賀:凄かったです。テレビで放映する商業作品なのに、作り方は自主制作並み。でも、逆に勉強になったんです。だっていきなり原画とか、演出とかできるわけですよ。他のスタジオでは有り得ない。現場に着いて、机でぼーっとしてたら、総監督の石黒昇さんが「お前、免許持ってないのか?」って言うから「持ってないです」って言ったら「絵は描けないのか」、「描けないです」。「しょうがねえなあ。じゃあ、オープニングの絵コンテ描け」って言われて(笑)。とにかく人手が足りなかった。ですから、作品としてはもうデタラメでしたね、本当に。


竹熊:それでオープニングの絵コンテを描いて、そのあと第9話の『ミス・マクロス』にかかったんですか?


山賀:いや、その間に一応『マクロス』を作っていた現場の会社でアートランドというのがあって、そこのメインの演出家で高山さんという人がいましてね。その人の助手というか、演出補佐をやってたんです。それでこの高山さんも結構いいかげんな人で(笑)。二人でフラフラと夜明けの新宿の街を歩いていて、「高山さん、あそこに発注したあの原画、あがってくると思いますか?」、「う〜ん、あがってくると思うんだけどねえ」みたいな話をしてて。「僕ね、絶対締め切りに間に合わないと思いますよ」とか言ってて。だからお弟子さんというよりは、なんだか変な関係でしたね。役職的には向こうが演出で、僕は助手なんですけど、僕の方がいじめてたりして(笑)。


竹熊:いろいろ仕事をやらされて、かなり勉強になったわけでしょう?


山賀:やらされてというか、自分でやるしかなかった。結局、下請けに発注してもあがってくるとは限らないし、あがってきたやつが使えるとも限らないんです。リテイクしても無駄。まずカット数が揃うかどうか。揃ったとして、テレビのオンエアに流してもいい絵になってるかどうか(笑)。問題はそこですからね。だから、最後は全部こっちがやらなきゃいけない。僕自身、動画を描いて原画も描いて、色も塗ったり、原画を取りに行ったり、発注に行ったり。そんなことをやってたら、勉強にならないわけないですよ(笑)。


竹熊:今のアニメーターにとって、そういう現場ってあるんですかね?


山賀:ないでしょう。当時ですら『マクロス』の現場は異様な状況でしたから。皆がついて来るなら、何の問題もないけれど。人がいないから大変なわけでね。要するに、スタッフが逃げちゃうわけですよ(笑)。


竹熊:それで、山賀さんは『マクロス』の途中で大阪に帰られますよね?途中で抜けたのは、何か理由があったんですか?


山賀:第9話を作った時、製作母体のタツノコプロから物凄いクレームが入って…。要するに、あがってた原画を全部捨てちゃって、素人の学生呼んで勝手に作り始めたわけだから。まあ僕も学生だったんだけど(笑)。それで、スケジュールがどんどん遅れて、さんざん怒られて。その直後に石黒さんから呼ばれて、「山賀な、ちょっと言いにくいんだけど、お前タツノコを出入り禁止になったみたいなんだ」って。「あ、いいですよ。辞めますよ」みたいな流れですね。


竹熊:じゃあ、クビに近い状態?


山賀:ほとんどクビですね。ただ僕としても、そろそろ帰って『DAICON4』の準備をしなきゃいけない時期だったんですよね。でも『マクロス』もすごい切羽詰まってる状況で。そんな時に「自主映画作りますんで」なんて理由で戦線離脱できないじゃないですか?どうしようと思ってる時に、クビみたいな声が聞こえて来たんで。もう願ったりかなったりですよ。OK、OK!じゃあ帰りますとか言って。喜んで帰って来ました(笑)。 (1998年3月発行『クイック・ジャパン vol.18』のインタビューより)


良く知られていることだが、『超時空要塞マクロス』は『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』などを見て育った若手世代が初めて”作る側”になったアニメーションである。本作で演出家デビューを果たした山賀を筆頭に、庵野秀明前田真宏貞本義行など、後にガイナックスの中核を成すメンバーが揃って原画を担当していたのは今考えると凄いことだが、当時はみんな学生で、動画の経験もないような素人ばかりだった。

そんな連中が、見よう見まねでアニメを作るのだから、メチャクチャなものが出来るのも当然だろう。一応、戦闘シーンなどの大事な場面は板野一郎作画監督としてチェックしていたものの、想像を絶する酷い絵ばかりでとても修正し切れる分量ではなく、しかも頼りになりそうなアニメーターはいないという絶望的な状況の中、キレた板野が一人で全ての原画を描き直した回もあったらしい(直後に体調を崩して入院するはめになったがw)。

そしてついに第11話『ファースト・コンタクト』でスケジュールが限界に達し、原画だけを撮影したフィルム(原撮)がそのままオンエアされてしまったのである。一応、色だけは塗られていたようだが、口パクと声優の声が全く合っていなかったり、キャラが動いていないのに足音だけが聞こえるなど、恐ろしいほどの紙芝居ぶりに全国の視聴者が戦慄!

さらに第14話『グローバル・レポート』では、いよいよスケジュールが無くなり、苦肉の策として今までのエピソードをまとめた「総集編」を放送。そして第17話『ファンタズム』では、「シナリオも出来てないのに納品まであと2週間」という絶体絶命な状況に追い込まれてしまった。もう、3日後にはアフレコ台本を発注しなければ間に合わない!いったいどうする…!?

ここで、バルキリーのメカデザインを担当していた河森正治が、「既存のフィルムを再編集して新しいストーリーを作り出す」という難題にチャレンジ。普通は絵コンテの指示に従って口パクを作画するものだが、なんと河森は「口パクの動きに合わせて全く別のセリフを考える」という逆転の発想で既存のフィルムを活用したのである。なんという力技!w

ちなみにメカデザインとして参加していた河森は、あまりにもスケジュールが逼迫しすぎてセルの彩色が間に合わない時に、なんと絵具を使って色を塗ったという。普通の絵具でセルに色を塗ったらはじいてしまうはずだが…?河森曰く、「ブラシは後で保護しないと擦れちゃうけど、絵具は乾けば大丈夫だよなって。たしかに絵具ははじきやすいんですけど、はじいても、そのかすれ具合を味にする描き方にすればいいんですよ」とのこと。凄い現場だなあw

このように、テレビ版『超時空要塞マクロス』は商業アニメとは思えないようなメチャクチャな環境で作られていたせいで、作画崩壊の頻度が異常に多かったそうだ(ただし、ソフト化の際に修正が施されたため、現在DVD等で見ることができる作画はオンエア時よりもだいぶマシになっているらしい)。それにしても、こんな状況でよく『マクロスF』までシリーズを継続できたもんだなあ(^_^;)


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