さて、日本では2014年12月20日に全国540スクリーンで公開され、興収92億円の大ヒットを記録した『ベイマックス』は、全世界で6億5千万ドルも売り上げ、さらに第87回アカデミー賞の長編アニメ映画賞まで受賞し、『アナと雪の女王』に引き続いて2年連続でディズニーの強さを見せ付けました。
そんな本作は、どのような過程を経て生み出されたのでしょうか?プロデューサーは、『トイ・ストーリー』や『モンスターズ・インク』など大ヒット映画を製作したジョン・ラセターで、大量のスタッフを動員し、万全の態勢で作られたという。そしてジョン・ラセターによると、大ヒット映画を作るには以下の3つの要素が欠かせないそうです。
■ヒット映画に欠かせない三原則
1:観客が夢中になるような予測のつかない物語であること
2:登場人物が魅力的であること
3:ストーリーにもキャラクターにも真実味があること
ジョン・ラセター曰く、「『ベイマックス』はこの三原則に従って製作した。だからヒットしたんだよ」とのこと。中でも脚本作りには最も時間をかけたらしく、『ベイマックス』の脚本は、監督のドン・ホールとシナリオライターのジョーダン・ロバーツによって書かれていますが、実際にはもっと多くの人によって推敲されたそうです。
まず、大まかなシナリオが出来上がると、「ストーリー・ルーム」と呼ばれる大きな会議室に監督、プロデューサー、脚本家、ストーリー・アーティストなど、多数のスタッフが集まってそのストーリーを検討するのだとか。
そして、一応のストーリーが完成したら、修正された脚本を元に仮の絵を付けて検討用の映像を作成します。この段階ではラフな絵ですが、それを観ることで全体の出来栄えが把握でき、再び皆で「良かったところ」「悪かったところ」などを検討。
これを何度も繰り返してシナリオの完成度を高めていくらしい。ただし『ベイマックス』の場合は最初の試写だけで7回も繰り返し、製作が始まってからもストーリーが30パーセントしか完成していなかったそうです。
なので、なかなかシナリオが完成しない状況を重く見たジョン・ラセターは、”ノート・セッション”を行うことを決めました。ノート・セッションとは、『ベイマックス』の関係者だけでなく、他の映画(『アナ雪』など)の監督も参加してディスカッションすることで、「本当にこのストーリーで大丈夫なのか?」と参加者全員に意見を求めるのです。
その中で、制作途中の映像を観た参加者が監督に「ヒロはいったい何を克服したいのですか?」と質問しました。ドン・ホール監督は「タダシは逃げ遅れた人を助けたいと炎の中に飛び込み、ヒロは兄の手を離してしまう。ヒロは何度もその瞬間を思い出して後悔するんだ」と返答。
それに対して、『アナと雪の女王』の監督ジェニファー・リーは、「ヒロが兄の手を離すことに引っ掛かりを感じないわ」と疑問を投げ掛けます。さらに、「そもそもタダシが火の中に飛び込むことにも崇高さを感じないもの」と重要なシーンに納得していない様子。
すると、彼らのやり取りを黙って聞いていたジョン・ラセターが初めて口を開きました。「タダシを亡くしたヒロがどうしていくのか、どうやらまだ十分に練られていないようだね」と。そしてラセターは、次のようなことを皆に語りかけました。
「大切な誰かが死んだ時、その人はすでに残された人の一部であり、なにかしら重要な影響を与えてくれる存在になっているんじゃないだろうか?」
「人は死んでも、本当はいなくなってない。いつも残された人の中に生きている」
「たとえ亡くなっても、愛する人に影響を与え続けるんだよ。その影響で、残された人はより良い人間になれるんじゃないかな?」
「人は死んでも残された人の心に生き続けるっていうのは、そういうことだと思うんだ」
ジョン・ラセターのこの言葉を聞いて、全スタッフは改めて1からシナリオを見直そうと決めました。その結果、ドラマの精度はさらに高まったものの、シナリオ作成は大幅に遅れ、映画公開の7カ月前になってもまだストーリーが完成しないという、ディズニー設立以来の異常事態が勃発!
この状況には、さすがのジョン・ラセターも肝を冷やしましたが、皆で徹底的にシナリオを検討するという方法自体を疑ったことは無いそうです。なぜなら『アナと雪の女王』もこのやり方で作ったからです。
「最初の脚本では、王子がアナにキスをするが何も起こらず、彼女を全く愛していないことを告白する、というストーリーだった」、「でも女性スタッフはこう言ったんだよ。ノーノーそうじゃないわよ!と」、「ひどい男っていうのはキスせずに後ずさりする男よ。そういう男こそ最悪のダメ男なのよ!ってね」
こうして『アナと雪の女王』のシナリオは大きく作り直され、結果的に映画が大ヒットしたわけですから、”集合知”を活用したシナリオ作りが効果を発揮していることは間違いないでしょう。なので、同じ方法論で作られた『ベイマックス』も高く評価されているのだと思われます。
ちなみに、本作は日本のような架空の都市が舞台になっているため、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズや『ガンダム Gのレコンギスタ』などで活躍している日本人デザイナーのコヤマシゲトさんに、ベイマックスのコンセプトデザインが依頼されました。ところが「他のキャラクターは考えなくていいから、純粋にベイマックスのことだけ考えてくれ」と言われてビックリ。
通常、日本ではシナリオから絵コンテ、デザイン画まで全部スタッフ間で共有して作っていくというやり方が多いのですが、ディズニー・スタジオではかなり細かく分業化されているらしく、自分が担当するセクション以外の情報は何も知らされないそうです。
これにはコヤマシゲトさんも困惑を隠せず、「できれば他のキャラクターとの並びやバランスも考えてデザインしたかったのに、他のキャラクターは一切見せてくれないんだよ」とコメントしていました。
つまり、日本のように一人のキャラクター・デザイナーが登場人物全てをデザインするのではなく、何人ものデザイナーがそれぞれ決められたキャラクターだけを担当するという専任方式で、ここでも多くのクリエイターの才能を駆使する”集合知”のスタイルが貫かれているわけですね。
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