■あらすじ『昭和22年、福岡県でひとりの女の子が誕生した。お姫様のような人生を夢見る彼女の名は川尻松子(中谷美紀)。やがて教師となり爽やかな同僚とイイ感じになるも、セクハラ上司のせいで辞職に追いやられる。ここから、まさに坂を転がり落ちるがごとく、松子の転落人生が始まった。愛を求める松子の前にはさまざまな男が現れるが、彼女の選択はことごとく不幸へと繋がってしまう。そして53歳、河川敷で死体となって発見された彼女の生涯を探る甥が見たものは…!?『下妻物語』の中島哲也監督が贈る、おかしくて切ない新感覚のシンデレラストーリー!!』
本作は、『下妻物語』で日本映画界に新風を巻き起こした中島哲也監督の劇場最新作である。『下妻物語』は大好きな映画なので「あんな感じ」をイメージして観に行ったら、微妙に違っていた。特筆すべきはストーリーの凄まじさであろう。
主人公の川尻松子は23歳の時、担任を務める中学校で窃盗事件を起こし、教師を辞職。その直後に実家を飛び出し、作家志望の男と同棲を始めるも、毎日のように暴力を振るわれ、挙句の果てに男は電車に轢かれて死亡。その後、男の友人と不倫関係となるが、妻にバレて速攻で破局。
そしてとうとうソープ嬢に成り果ててしまった松子はまたもや別の男と同棲するものの、裏切りが発覚したとたん逆上して男を包丁で殺害。刑務所で8年服役した後出所した彼女は、元教え子と同棲を始めるが、彼はバリバリのヤクザだった……。
と、この後まだまだ彼女の不幸話は続いていくのだが、書いててイヤになるぐらいの悲惨極まりない人生である。まさに、非の打ち所の無いどん底ライフ。いくらフィクションとはいえ、あんまりだ。しかし、同情は禁物。なぜなら、このような不幸な人生を歩んでしまう原因は、彼女自身に問題があるからだ。
中学校教師時代、松子は自分の身を守りたい一心で、教え子に窃盗の自白を強要する。この時点で既に教師失格、人間失格である。その後次から次へと男を乗り換えるのだが、女に金を貢がせて暴力を振るうようなロクでもない男とばかり付き合っているのだ。
どうしてそうなる?学習能力が無いのか?「男運が悪い」とか、そんな問題じゃないぞ。はっきり言って“自業自得”としか言いようがない。いったいなぜ彼女は、毎回同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか?それは、幼少の頃の家庭環境に原因がある。
松子の父親は、病気がちだった妹ばかりを可愛がり、松子の事をほとんど構ってくれなかった。そんな父親の気を引く為に、松子はヘンな顔を作って笑わせたりなど、懸命な努力をする。そして大人になった松子は、孤独を極端に恐れるようになった。男に殴られ蹴られ鼻血を流しながら、「でも、一人ぼっちよりはずっとマシ」と、ひたすら耐え忍ぶ姿が痛ましい。彼女を突き動かす行動原理とは、たった一つの一途な想いによるもの。
「誰かを愛したい。誰かに愛されたい」
ただ、それだけを求め続けてきた女なのだ。なんて切なく、健気な女であろうか。一言で言って、松子は“バカな女”である。やる事成す事行き当たりばったりで、本当に救いようが無い。だが、この映画はそんな彼女の生き様を全面肯定する。始めはイラつきながら観ていた僕も、やがて松子のひたむきな姿に惹き付けられていった。
そして物語のクライマックス、「こんな男と付き合ってたら、アンタ絶対不幸になるよ!」と、親友の沢村めぐみに忠告された松子は、「あたしはね、この人と一緒にいられるんだったら、地獄に落ちたってかまわない!」と言い放つ。揺るぎ無い決意に満ち溢れたその姿は、バカ故により一層いじらしく、いとおしい。
中谷はこの前後のシーンを、想像を絶する凄まじいテンションで演じていたらしく、「脳みその“開いてはいけない分野”を開いてしまったような感覚を覚えました。このままおかしくなってしまうか、もしくは死んでしまうかもしれないという恐怖が襲ってきて、演技終了後とにかくひたすら氷嚢で頭を冷やしたんです」と語っている。その言葉通り、まさに鬼気迫る熱演と言えるだろう。
最後まで人の愛情を求め続け、死んでいった松子。本作は、一見すると不幸のどん底のように思えるこの物語を、ビビッドな色彩感覚とハイテンションなドラマ展開と強烈なキャラクター達を駆使して面白おかしく描き切った、“暴走機関車”みたいな作品である。
したがって、2時間以上にも渡って観続けるのは正直しんどい。だが、松子の想いが昇華する世にも美しいラストシーンには、そんな疲れなど一撃で吹き飛ばすほどのパワーが間違いなくみなぎっている。思い切り笑えて、思い切り泣ける、まさにエンターテイメントの鏡みたいな作品だ。
途中に挿入されるミュージカルシーンのハデさや、全編に渡って繰り広げられる過剰な小ネタギャグに、うんざりする人がいるかもしれない。あるいはPG-12の表記が示す通りの残酷描写に、拒否反応を示す人がいるかもしれない。しかし、それでも敢えて言わせていただきたい。「傑作である」と!
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