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園子温監督『地獄でなぜ悪い』ネタバレ映画感想


■あらすじ『ヤクザの組長・武藤(國村隼)は、獄中にいる最愛の妻・しずえ(友近)の夢を叶えようと躍起になっていた。それは娘のミツコ(二階堂ふみ)を主演に映画を製作するというもの。しかし、肝心のミツコが男と逃亡してしまう。そこで武藤は、何とかミツコの身柄を確保し、映画監督だという駆け落ち相手の橋本公次(星野源)に映画を撮影するよう命じる。ところが、公次は映画など撮ったことがないド素人だった。そんな絶体絶命の中で偶然出会ったのが、自主映画集団“ファック・ボンバーズ”のリーダー:平田(長谷川博己)。平田は親友の佐々木(坂口拓)と、敵対ヤクザ組織の組長・池上(堤真一)まで巻き込み、ホンモノのヤクザを使った前代未聞のヤクザ映画の撮影を開始してしまうのだった!園子温監督が自らの自主映画時代の経験を盛り込みつつ、ヤクザの世界をアクション満載で描いた衝撃の血まみれ任侠活劇青春ムービー!』



本日より、園子温監督の最新作『TOKYO TRIBE』が公開されます。累計部数250万部の人気漫画を実写映画化した本作は、近未来の”トーキョー”を舞台に繰り広げられる若者同士の抗争を描いた”世界初のバトルラップミュージカル”ということで、公開前から大きな話題を集めていました。果たしてどんな映画なのか期待が高まりますが、その前に本日は前作『地獄でなぜ悪い』のレビューを書きたいと思います。いや、書こう書こうと思いながらなかなか書けなかったんで。

地獄でなぜ悪い』の内容を簡単に言うと、「最高の映画を撮ることを夢見ている映画青年と、自分の娘を主役にした映画を作りたいヤクザの組長が偶然出会ったことで、本物のヤクザ同士の抗争を利用して任侠映画を撮影する」というクレイジーかつファンキーなアクション・コメディです。

設定だけ聞くと「ちょっと面白そうだな」とうっかり思ってしまうかもしれませんが、この映画って物凄く好みが分かれるんですよね。事実、観客の評価は「こんな映画を待っていた!」と絶賛しているものから、「素人レベルのダメ映画」という完全否定まで、賛否両論が渦巻いていたようです。そういう中で、僕は「なんかいい映画だな」と感じました。それは、この作品には園子温監督の”映画制作に対する想い”みたいなものが綺麗に投影されているからなんですよね。

例えば物語序盤に、主人公たちがクンフー映画の撮影をしていると子供たちがやって来てバカにされる、というエピソードがあるんですけど、これは園子温監督の実体験だそうです。園監督が30歳ぐらいの時に仲間たちと黄色いトラックスーツ姿で『死亡遊戯』のような映画を撮っていたら、見ず知らずの子供たちにバカにされたらしい。

しかも、映画では3人だけでしたが、実際は20人近くの子供が押し寄せて現場はパニック状態に!当然撮影は中断され、いい年した大人が大勢の子供たちに追い回されるというトラウマ級の悲劇に見舞われた園監督は、「俺の人生これでいいのか?」とリアルにヘコんだそうです。

それから、ヤクザの娘ミツコ(二階堂ふみ)と一緒に行動していた主人公がヤクザの事務所に連れて行かれるシーンも、園監督の実体験が元ネタだとか。園監督が昔、1回だけエッチした女性から電話があり、指定された場所へ出かけていくと大勢のヤクザに取り囲まれ、「組長の娘に手を出してタダで済むと思うなよ!」と因縁を吹っ掛けられました。

そして、映画と同じように組事務所へ連れて行かれた園監督は、ヤクザの組長から「お前か、うちの娘をレイプしたのは?」と凄まれます。もちろんレイプなんかしていないのですが、テーブルに置かれたデカいガラスの灰皿が目に止まった瞬間、「ああ、俺はこれで殴られて死ぬんだな」と覚悟したそうです。

そこで、「せめて死ぬ時は明るくさわやかに死のう」と考え、大声で「ヤリました〜!」と告白。すると組長はハッとして娘の顔を見ると困った表情をしていたので、「レイプではない」と気付いたらしい。その後、「駅まで送ってやれ」と言われ、無事に解放されたそうです。こういう”嘘みたいな実話”を元ネタにしているからこそ、『地獄でなぜ悪い』は「本物のヤクザが映画を撮る」という荒唐無稽で現実味が無い話なのに、ある種の説得力を感じてしまうのですよ。

なお、園子温監督は深作欣二監督の大ファンですが、知り合いになったヤクザから「深作欣二の『仁義なき戦い』みたいなヤクザになりたいなら、本物の世界には入らない方がいい」と忠告されたとか。あ〜怖い怖いw

また、劇中には「ファック・ボンバーズ」という素人の映画制作グループが登場し、園監督も若い頃は「東京ガガガ」というパフォーマンス集団を作って、大勢のスタッフと共に自主制作映画を撮っていた等、『地獄でなぜ悪い』はまさに”自伝映画”と呼んでも差し支えないほど、園子温監督のこれまでの人生とリンクしているのです(ちなみに「全力歯ギシリLet'sGO!」というCMソングの元ネタは「東京ガガガ」の詩集に収録されているらしい)。

その「東京ガガガ」…ではなく「ファック・ボンバーズ」で最高の映画を撮ることを夢見ている永遠の映画青年:平田もまた、園監督の心情を投影したキャラクターの一人と言えるでしょう。特に、映画作りをめぐって親友の佐々木(坂口拓)と言い争いをするシーンは、園子温監督の”映画制作に対する熱い想い”が溢れ返っているようで興味深い。

平田:「そう、俺はたった1本の名作が作りたいだけなんだ。この世界にはくだらない映画監督はごまんといる。何本も何本も作って家を建てているバカ、どうでもいい映画ばっかり作って金をもらってるバカ、俺はそんなのは嫌だ!たった1本の映画でその名を刻む伝説の男になりたいんだ!いつか映画の神様が俺たちに最高の1本を撮らせてくれる日がきっと来る!」

しかし、このような平田の理想を信じて学生時代から一緒に映画を作ってきた佐々木は、気付けば30歳目前でいまだにバイト生活。「お前を平成のブルース・リーにしてやる!」という言葉を信じて付いてきたものの、口ばっかりで一向に映画を撮らない平田に嫌気が差し、ついに不満が爆発します。

佐々木:「いったい、いつその日が来るんだよ?」
平田:「明日か明後日か、それは分からん」
佐々木:「ふざけんな!もうやってられるか!」

いつまでも理想の映画を追いかけ、現実に向き合おうとしない平田に愛想を尽かした佐々木は、とうとう怒って「ファック・ボンバーズ」を辞めてしまいました。ところが数日後、ヤクザから映画製作を依頼された平田は、中華料理屋でバイト中の佐々木の前に現れ、「佐々木、ついにその日が来たぞ!今日だったんだ!」と高らかに宣言!平田が投げたヌンチャクを佐々木がしっかりと受け取るシーンは、まさに映画ファンの魂を揺さぶる名場面と言えるでしょう。「映画の神様は本当にいたんだ!」と。なかなか感動的ないいシーンです。

しかし、若い頃の園監督はドラマのようには上手くいかず、むしろ何をやっても失敗ばかりで、とても”映画の神様”を信じられるような状況ではありませんでした。ある日、一念発起して高価な16ミリカメラを買ったら、なんと買ったその日に配線がショートして出火事故発生!園監督が夜寝ている間に家中に火が燃え広がって、危うく焼け死ぬところだったそうです。そして、「大金をはたいて買ったカメラなのに、こんな酷い仕打ちがあるのか?もう映画の神様に見離されたんだ…」と途方に暮れたらしい。

でも、このような経験があったからこそ、「大抵のピンチはピンチではない」と思えるようになったそうです。家が火事になったり、ヤクザに殺されかけたことを考えれば、ほとんどの出来事は「大したことじゃない」と。そして、「自分は映画の神様に見離された」と思ったからこそ、逆に映画の中では”映画の神様”を肯定して見せたのでしょう。さらに、映画作りについて園監督は次のようにコメントしていました。

「映画監督として、黒澤明になりたいとか、日本アカデミー賞を獲りたいとか、金持ちになりたいという欲もありません。映画を撮り続けられたらそれでいい。どんな大会社であれ、最初はただ商品を作っていただけです。大ヒット商品をたくさん生み出したとしても、それは商品を作り続けた結果でしかない。作品を作り続けることができれば、僕は本望です。」 ぱる出版『けもの道を笑って歩け』より

この文章で面白いのは、園監督の考えが「ファック・ボンバーズ」の平田の主張と真逆になっているところです。平田は「最高の映画を生涯で1本だけ撮れたら死んでもいい」と、まさに芸術家気取りで映画作りを神聖化していました。それに対して園監督は、「人生は質よりも量だ」と言い切り、全然違う考え方を示しているのですよ。

「いいものを作ろうと考えるのは映画監督として当然だけど、とにかく撮らないければ何も始まらない。そこで”質より量”に徹する覚悟を決めました。”絶対に芥川賞を獲るぞ!”と考えながら、1行目から全然進まない作家もいますが、いい作品を作ろうというプレッシャーが”作れない感覚”を生むなら、駄作であってもまずは完成させてみることです


シェイクスピアが1本だけ戯曲を書いても名作と認められたでしょうか?そんなことはありません。あれだけ多くの作品を書いたからこそ、シェイクスピアの名前は歴史に残っているのです。長い目で見れば、絶対に人生は質より量です」 『けもの道を笑って歩け』より

こういう園監督の考え方って、島本和彦が描いた吼えろペンの主人公の主張と似てるんですよね。『吼えろペン』では、「完成度にこだわるあまり曲を作れなくなった若手ミュージシャン」に対して、主人公の炎尾燃が「勇気を出せ!キミに足りないのは、駄作を作る勇気だ!駄作で金をもらってこそ、本当のプロ!」と叱責するエピソードが出て来ます。

さらに「納得いく仕事だと!?笑わせるな!自分では駄作かと思っても、出してみたら意外とそうでない時もある!そこはカケだ!1本や2本駄作を出しちまっても、自分を許してやれる大きさを持て!3回のうち1回イイものができればそれでOK!3回ともイイものを出そうなんて欲張りは、おれが許しても天が許さん!!!!!」と名言炸裂!

まあ、「ファック・ボンバーズ」の平田も”最高の映画”を撮ることにこだわりすぎて、全然作品を作れない(作らない)状況に陥っているわけですが、それをデフォルメして描く事で「駄作であってもまずは完成させてみること」、「人生は質より量だ」と言いたかったのでしょう。

ただ、園監督の中に平田的な要素が全く無いのかと言えばそうではなく、初期の園子温作品はメッセージ性が強くて、どちらかと言えば平田みたいなタイプだったようですが、ある時期から意識してエンターテインメントを目指すようになったらしい。

「明確に変わったのは『希望の国』(12)を撮り終わってからですね。『希望の国』を被災地で上映して、被災地の人たちに観てもらい、「ありがとう」と喜んでもらえたんですが、その喜びは純粋な喜びではなく、悲しみなわけです。見終わった後、被災地の人たちは涙を流しているんです。「あはは、楽しかったね」じゃないんですよ。僕はそのときに彼らが何も考えずに心から楽しめるような映画を撮ろうと考え、完全なエンタメを撮るようになったんです。それが『地獄でなぜ悪い』(13)であり、今回の『TOKYO TRIBE』なんです。最近、ダビングが終わったばかりの『ラブ&ピース』(2015年公開予定)は完膚無きまでのエンタメに仕上がってます。観た人、みんなほっこりする映画です。サザエさん一家がみんなで観てもいい映画が、初めてできたんです(笑)。」 『日刊サイゾー』より

「完全なエンタメを撮るようになった」との言葉通り、『地獄でなぜ悪い』のクライマックスは”坂口拓クンフー”、”國村隼のガンアクション”、そして”堤真一のチャンバラ”という怒涛のアクションシーンが炸裂します。特に「ジョン・ウーを意識した」という銃撃戦は、撃たれても撃たれてもなかなか死なない主人公を含め、『男たちの挽歌』テイストに満ち溢れたド迫力映像!

そして國村隼がスローモーションで二挺拳銃をぶっ放す場面はモロにジョン・ウー(笑)。しかも、このシーンでガンエフェクトを担当しているのはビッグショットの納富貴久男なので、非常にかっこいい発砲効果を実現しています。ただし、終盤の鎮圧部隊が突入してくるシーンでは途中で予算が足りなくなり、急激に画面がショボくなっているのがご愛敬(こういう部分も園監督らしくていいねw)。

正直なところ、「リアリティを無視した娯楽活劇」として観た場合でも、話の展開は強引でキャラへの感情移入は難しく、決して一般の人にオススメできるとは言えません。ただ、映画制作に興味がある人、あるいは園子温監督の”映画愛”に共感できる人は観て損はないでしょう。

ちなみに当初考えていたエンディングでは、「平田がフィルムを現像所に持って行くと、受付の人がパカッと蓋を開けてしまい、今までの苦労が全て台無しになる」というオチだったそうです。しかし、「そんなバカはいない!」と現像所から協力を拒否され、この案はボツになったらしい。そりゃそうだよねw


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