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なぜこんなことに?実写版『デビルマン』は史上最狂の映画だ!

実写版デビルマン
実写版『デビルマン』より
今、巷で噂の実写映画版『デビルマン』を見てきた。世間の評判があまりにも悪いために、逆に気になっていた映画だ。なんせ近年稀に見る罵詈雑言の数々で、ちょっとしたお祭り騒ぎである。どのサイトの感想を見ても誹謗中傷の雨アラレ。ここまで叩かれまくる映画というのも、なかなかお目にかかれるものではないだろう。

しかし「酷い酷い」という評価をさんざん見たおかげで免疫が出来ていたのかもしれないが、意外と冷静に観賞することができた(とはいえ、十分過ぎる程に最低映画と言えるレベルには達しているんだけど)。


※以下、ネタバレしてます


いや〜、噂に違わぬ凄まじい映画だったよ!もし事前に何の情報も無くうっかりこの映画を見ていたら、おそらく座席から立ち上がれない程のダメージを受けていたに違いない。

演出も脚本も最低レベルを遥かに越え、もはや他の映画と比較する事さえ無意味に思えてくるほどだ。まさしく非の打ち所の無い、完全無欠の駄作に仕上がっている。突っ込み所満載どころか、全編に渡って突っ込み所しか存在しない。

クライマックスでハルマゲドンの描写が出てくるが、ある意味「この映画の存在自体がハルマゲドン」と言い切っても全く過言ではないほどの大惨事だ。世界中の駄作が束になって掛かっても到底太刀打ち出来ない、まさにキング・オブ・ダメ映画である。

まずは、何と言っても主役の2人の演技力に問題が有りすぎる。いくら新人アイドルといっても、人間がここまでセリフを棒読みできるものなのだろうか?聞くに堪えない”寒いセリフ”の数々に身も心も凍りつく思いで、演技力以前に”やる気”の有無を問われても仕方がない程の酷い有様である。学芸会レベル以下の稚拙さに、全身の力を奪い取られそうだ。

しかしこれは2人の問題というよりも、キチンと演技指導できなかった監督の責任の方が大きいと思う。何度リテイクを出そうとも、”最高の演技”をフィルムに収めるために最大限の努力をすることこそが監督の仕事であるはずだ。もしあれが”最高の演技”だと言うのなら、そんなド素人を主役に抜擢したキャスティング担当者の責任であろう。

次に脚本の問題だが、実は意外と頑張っているのではないか?と思った。なにしろ原作で扱っているテーマは相当大きなもので、正直2時間で収めるにはちょっと無理があると思っていたからだ。

ところが、実際に映画を見てみるとちゃんと最後までドラマを描いており、それなりに話を完結させているではないか(かなりの無茶をしているけれど)。あまりにも映画の出来が悪いので案外気付かないかもしれないが、物語そのものは原作を(比較的)忠実に映画化しているのである(再現しきれてないけど)。

まあそれはともかく、問題はエピソードの取り上げ方だろう。2時間の尺に全てを盛り込むことは不可能なので、当然取捨選択が迫られるわけだが、必要なエピソードを切り捨てたり、どうでもいいようなシーンに時間を割いたりと、支離滅裂な展開があまりにも多すぎるのだ。中でも一番目立つのはシレーヌのシーンである。

デビルマン』の中でも最も印象に残るキャラクターであり、このエピソードをどうしても入れたかったという気持ちも分かる(個人的にも好きなキャラなので)。だが、時間配分の関係でシレーヌの場面が大幅に短縮されているのだ。あんな中途半端な出し方で何か意味があるのだろうか?

いきなり現れてデビルマンと戦ったと思ったら、いきなりいなくなり、生死すら定かでない(いや死んでいるのは知ってるけど)。物語の流れには何の関係も無い”余分なエピソード”に成り果てているのだ。これならいっそのこと、シレーヌのシーンは丸ごとカットした方が良かったと思う。

さらに、途中で出て来るガンアクションも何やら凝った動きを見せているが”カッコいい”とは1ミリも思えず、「映画史上最もダサい銃撃戦」と言われてしまう有様。

またクライマックスのハルマゲドンの描き方も、原作の壮大なイメージを大幅に縮小しており、非常に規模が小さくなっている点にガッカリ。いくらなんでもスケールダウンのしすぎじゃないか?最終戦争どころか、単なる「サタンとデビルマンのどつき合い」だ。デーモン軍団はどこへ行った?

この映画の問題の一つとして、初めから終わりまでスケール感が全く無い、ということが挙げられるだろう。世界的な大事件が起こっているというのに、メインの舞台が近所のショッピングモールだけというのはあまりにもセコい。

そしてラストシーンは原作とは全く異なる、ある意味ハッピーエンドっぽい終わり方になっている(ファンは激怒したらしい)。だがこれは「殺伐としたシーンが多かったので、せめて最後ぐらいは希望を感じさせるような終わり方にしたい」という製作者側の配慮なのかも?と好意的に解釈出来なくもない(美樹ちゃんの生首までしっかり出しておいて、配慮もクソも無いと思うが)。

まあ一緒に観に行った友人はあれを見て「良かった」と言っていたので、原作を知らない人にはOKなのかもしれない(これ以外の脚本の不満点に関しては、いちいち書いてもしかたがないし、「追求する」という行為そのものが虚しく感じてくるので敢えてスルーしておく)。

それから、「プレステ並みだ!」とかいろいろ批判されているCGに関しては、もはや比較すること自体がプレステに失礼であり、「ああ、CGですね」という以外の感想が出て来ない。

それにしても、公開を半年遅らせてまで「CGのクオリティアップを図った」とのことだが、前のバージョンは一体どんなレベルだったのだろうか?想像するのも恐ろしい。

あと個人的に非常に気になったのは「小林幸子」「KONISIKI」などゲスト出演者の多さである。はっきり言って、作品の世界観をぶち壊しているだけで何のプラスにも作用していないので、スタッフが体を張ってでもやめさせるべきだったと思う。

というわけで、この映画のダメポイントを探せば際限無くいくらでも出てきてきりが無いし、他の人もたくさん書いているのでもうこのへんでやめておきたい(だんだん悲しくなってくる)。ちなみに、僕が原作のデビルマンを初めて読んだのは、確か小学生の時だ。そのあまりにもショッキングな内容に、腰が抜けるほどの衝撃を受けた事を覚えている。

その衝撃とは一言で言えば”恐怖”である。最初はデーモンを対象とした”人間以外のもの”に対する”恐怖”を描きながら、やがて”人間そのもの”を恐怖の対象として描写し始める。その”人間の狂気”が暴走する瞬間が一番恐ろしいのだ。

正直、今読んでも「少年マンガでここまで描くか!?」と度肝を抜かれる事は間違いないだろう。しかもそこからさらに話は膨らみ、最終的に「神と悪魔」の戦いにまで発展するという史上空前のスケールの広がりを見せるのである。

だがこの映画にはそんな原作に対する「敬愛」も、作品に対する「こだわり」も、そしてクリエイターとしての「プライド」さえも微塵も感じる事ができず、非常に残念だ。

さて、あまりデビルマンの悪口ばかり書いているとなんだか切なくなってくるので、最後に良かった点を一つだけ書いておきたい(そんなのあるのか、と言われそうだが)。この映画で唯一誉める所があるとすれば、それは「デザイン」ではないだろうか。

寺田克也衣谷遊の両氏が描くデビルマンは、原作への限りない「愛」「リスペクト」に溢れており、大変素晴らしい出来栄えだ。両氏のデザインのみがこの映画のわずかなリアリティを根底から支え、かろうじて映画として成立させている唯一の要因である、といっても過言ではないだろう。

監督及び製作者側に、両氏の100分の1でも原作に対する「愛」があれば、もう少しまともな映画になったかもしれないのに(いやムリか…)。劇場で暴動が起こらず「映画館が破壊された」というニュースが流れなかった事だけがせめてもの救いであったと思う。

ある意味、日本映画史上に金字塔を打ち立てた伝説的駄作として、永く後世に語り継がれることであろう。しかし本作が評価される事は、永久に無いと断言できる。まさに最悪最狂の一本だ!


※ちなみにamazonのカスタマーレビューが凄いことになってるんだが…みんなよっぽど頭に来たんだろうなあw↓

※ちなみに『ドラゴンボール EVOLUTION』のレビューもなかなかヒドい。『デビルマン』と双璧を成す駄作ぶりで、まさに「ダメな実写版のツートップ」と言えよう↓



主演:伊崎央登伊崎右典、共演:酒井彩名渋谷飛鳥冨永愛、宇崎竜童、阿木耀子ボブ・サップ、原作:永井豪、デザイン:寺田克也衣谷遊、主題歌:hiro、監督:那須博之