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このモブシーンがすごい!『風立ちぬ』で宮崎駿監督がこだわった表現とは?

宮崎駿監督『風立ちぬ』

宮崎駿監督『風立ちぬ』より

どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

昨日、金曜ロードSHOW!で宮崎駿監督の劇場アニメーション風立ちぬが放送されました。本作は宮崎監督にとって11作目の長編映画ですが、制作中に東日本大震災が発生し(2011年3月11日)、そのことが作品内容にも影響を及ぼしているそうです。

ちょうど「関東大震災のシーン(1923年9月1日)」の絵コンテを描き終えた直後に地震が起きたため、「このままこの場面を映画に出して良いのだろうか…?」「今後どういうアニメを作ればいいのだろう…」と宮崎監督も悩んだらしい。

そして2011年6月30日、宮崎駿監督はスタジオジブリの大会議室にスタッフ全員を集め、次のように語りました。

今後、我々はもっと物質的にも時間的にも窮迫した中に生きなきゃいけなくなると思うんです。その時に自分たちは何を作るのか?少なくとも、そういったことが十分予想される時に、前と同じようにファンタジーを作って、女の子がどうやって生きるかとか、そんなことでは済まないだろうと思いました。 

風立ちぬ』というのは実は、激しい時代の風が吹いてくる、吹きすさんでいる、その中で生きようとしなければならない、という意味です。それが、この時代の変化に対する自分たちの答えでなければならないと思います。

 宮崎駿監督は震災から逃げずに向き合うことを決意し、そのためには「よりリアルな情景を描かなければダメだ」と考えたようです。

また、震災シーンの作画を担当したアニメーターの稲村武志さんも、本作について次のように語っています。

どう描こうかということについて随分悩みましたね。記憶がすごく新しいじゃないですか?3月に地震があって、『コクリコ坂から』が終わってすぐ入るという形だったんですけど、これはちょっと嘘はつけないなと。映像としてだけでなく、感覚的なところもきちんと描かねばならないと思いました。

そして宮崎監督は、映画『風立ちぬ』でこれまで以上に「ある場面」にこだわりました。それは”大勢の群衆(モブシーン)”をしっかりと描くことです。

もちろん、今までの宮崎アニメでもモブシーンは描かれていましたが、「背景に大勢の人がいる」という状況を伝えるための、ある程度”効率的に描くこと”を計算した作画でした。

しかし今回の『風立ちぬ』では、「一人一人の人物をしっかり描く」ということが命題の一つになったのです。以下、宮崎監督のコメントより。

群衆というのはどういうものかって言ったら、”主人公じゃない情けない人たち”じゃなくて、”世の中を支えている重要な人たち”だから、ちゃんとした人間たちを描かなきゃダメなんだ。

つまり、モブシーンとは「その他大勢の人」ではなく、一人一人が個性を持った人間なんだということを観ている観客に伝えられるぐらい丁寧に描け!という意味です。

これがどれぐらい大変なことかお分かりいただけるでしょうか?例えば、マンガの見開きページに50人程度のキャラクターを描いた場合を想像してみてください。

1ページ描くだけでも大変なことがわかると思いますが、アニメの場合はさらにキャラを動かす…つまり同じような絵を少しずつ形を変えながら何百枚も描ねばならないのです(3秒程度の以下のカットを描くのに1年3カ月もかかったらしい)。これはキツい!

宮崎駿監督『風立ちぬ』

宮崎駿監督『風立ちぬ』より

ただでさえモブシーンはアニメーターの負担が大きいので、普通は少しでも手間を減らすために動かないキャラがいたり「引き」でごまかしたりするんですが、本作では全てのキャラを動かし、全てのキャラに演技をさせているのです。

以下のカットはキャラが小さすぎてよく見えませんが、実際は4つぐらいのパートに分けて絵を描き、それを一つの画面に合成してるんですよ(だから一人一人の人間がしっかり描かれている!)。

宮崎駿監督『風立ちぬ』

宮崎駿監督『風立ちぬ』より

なんとも凄まじい作画ですが、こういうことをやっているとどうなるか?アニメーターが死にます。いや、比喩じゃなくて本当に”命の危険”があるんです。

作業自体の大変さもさることながら、フリーのアニメーター(動画マン)は一枚200円ぐらいの単価で動画を描いているため、手間のかかるシーンが増えれば増えるほど収入が減ってしまうのですよ。つまり、最終的にはお金が無くなって食べ物を買えなくなるという事態に…。

昔、『機動戦士ガンダム』で「フラミンゴの群れ」を描いた板野一郎さんは、一枚の絵を描くのに時間がかかり過ぎて収入が激減し、見かねた先輩アニメーターからカップラーメンやコーラを差し入れてもらって、どうにか飢えをしのいでいたそうです。

機動戦士ガンダム

機動戦士ガンダム』より

なので『風立ちぬ』のモブシーンは一切外部のアニメーターに発注せず、全てジブリ社内の動画スタッフが担当することになりました(ジブリのアニメーターは月給制なので飢え死にする心配がないからw)。

しかし、想像を絶する作業量にベテランアニメーターたちから「心が折れそうだ」との悲鳴が続出!若手動画マンの一人の大橋実さんも「普通ならキレて辞めてもおかしくないレベル」などと壮絶すぎる現場の状況を語っていました。

また、動画検査を担当した舘野仁美さんは、本作の中で一番思い入れが強いカットとして「関東大震災直後の上野広小路のモブシーン」を挙げ、以下のようにコメントしています。

これ全部動いてるんです。出来上がりを見てゾクッとするようなカットなんですよ。これ全部アニメーターが手で描いたんですから。かわいそう…。原画を見るだけで涙が出ちゃいそうになる…。宮崎さんも「本当によくやったね」って褒めてくださったカットです。長年この仕事をしてきて、一番すごいカットの一つだと思います。

一方、こういう大変な手描き作画に対し、「CGでやればいいじゃん!」と言う人もいるでしょう。しかし、「歩くだけ」などの単純な動きのパターンならともかく、これだけ多くのキャラに異なる芝居をさせることは、いかにCGと言えども簡単ではありません。

さらに「一人一人の個性を感じさせるような丁寧な演技を描く」ということに関しては、今もなお手描きの作画に分があると思われ、多くのアニメ監督も「アニメーターに負担を強いることは理解しているけれど、出来れば手描きでやりたい」と考えているようです。

ただ、現実にモブシーンを手描きで制作するには様々な問題があるんですよね。

ベルセルク 黄金時代篇』のモブシーンは、当初”手描き”で作画する予定だったらしく、アニメーターの恩田尚之さんが実際に原画を描いていたのですが、それを動画スタジオに回したところ、「こんな大変なカットは中割り出来ない」と断られ、結局CGになったそうです(せっかく描いた原画も全部ボツ)。

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というわけで、『風立ちぬ』を観る際は是非とも「モブシーンの凄さ」にも注目してご覧ください(^.^)