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『風立ちぬ』の声優になぜ庵野秀明が起用されたのか?を検証してみた


■あらすじ:『1920年代、幼い頃から空に憧れを抱いて育った堀越二郎は、震災の混乱の中で、少女・菜穂子と運命な出会いを果たす。やがて飛行機設計技師として就職し、その才能を買われた二郎は、同期の本庄らとともに技術視察でドイツや西洋諸国をまわり、見聞を広めていった。そしてある夏、二郎は避暑休暇で訪れた山のホテルで菜穂子と再会。やがて2人は互いを愛し合うようになるが、既に菜穂子の体は病魔に侵されていた…。ゼロ戦設計者として知られる堀越二郎が、関東大震災や経済不況に見舞われ、やがて戦争へと突入していく激動の時代をいかに生きたか、その半生を描く長編アニメーション!』



宮崎駿監督最新作『風立ちぬ』を観て来ましたよ〜(^.^)

次の土曜日に行こうと思っていたのですが、待ち切れずにレイトショーで観てしまいました(夜なのに客でいっぱい!宮崎アニメ強し!)。まだ公開直後ということもあるので、とりあえずネタバレしない程度に感想などを簡単に書き記しておきます。

まず内容についてなんですけど、僕は事前情報として「実在したゼロ戦開発者が主人公」ということを知っていたので、一人の天才設計技師が高性能戦闘機を作り上げるまでの秘話を描いた、アニメ版『プロジェクトX』みたいな映画だと思ってたんですよ。時代背景をしっかり描写し、若き技術者達の栄光と挫折をリアルに映し出した人間ドラマだろうと(もし高畑勲が監督してたら、絶対そういう映画になっていたはず)。

でも、宮崎駿はそういう映画にしなかったんですね。確かに、実話ベースではありますが、大半は宮崎監督の創作で、しかも”堀越二郎の夢”という設定により、ファンタジー風の情景がバンバン入っているのです。これは、日常生活をしている時でも常に大好きな飛行機のことばかり考えている堀越二郎の”浮世離れした空想癖”を表現しているわけで、宮崎監督の解釈では「堀越二郎とはこういう人物」なんでしょう。それを踏まえた上で例の庵野秀明声優問題”を検証してみると、世間の評判はまあ見事に批判だらけでした(笑)。

例えばYahoo!の映画レビューの場合は、「とにもかくにも青年二郎の声が酷過ぎる」、「棒読みで喜怒哀楽も何も感じられない」、「彼は他の声優(俳優)陣に謝罪してもいいんじゃないかと思った」、「もう違和感ありまくりで、ストレスさえ溜まってくる」、「頑張ったとは思うが引き受けないで欲しかった」、「むしろ庵野さん(アルパートさんも)が可哀相。せっかくの作品でバッシングされたり恥かかされたり、公開処刑みたい」、「話題を呼ぶだけのキャスティングはもうやめていただきたい」などなど、やはり批判の多くは庵野さんの棒読み台詞に集中しているようです。

しかし、(別に庵野さんや宮崎監督を擁護するつもりは無いんですが)敢えて言わせてもらうと、今回のキャスティングは話題作りのためとかスポンサーの意向とか、そんなありきたりの理由で決まったわけではありません。むしろ話題作りのためだったら、ジャニーズのタレントや剛力彩芽さんを使った方がよっぽどいいでしょう(いや剛力さんはちょっと困るかw)。

では、なぜ庵野秀明を起用したのかと言えば、宮崎駿堀越二郎庵野秀明のような人物だと解釈したから」なんです。これは、単なる宮崎監督の想像ではなく、過去の文献を調べたり、堀越二郎の親族に話を聞いたりすることで辿り着いた結論だとか。つまり、堀越二郎とは「あまり感情を表に出さず、日常会話でも棒読み台詞のようにボソボソしゃべる朴訥な人物だった」と。庵野さんは、それを忠実に再現しただけなんですね(笑)。

ここで普通なら、「じゃあ演技の上手い声優さんに、朴訥なキャラクターを演じてもらえば良かったのでは?」と考えるでしょう。実際、宮崎監督も最初は数人の声優や役者をリストアップして、その中からイメージに合う人を選ぼうとしていたようです。

しかし、何度かオーディションを実施した結果、「このリストの中に僕が求めている人はいない」という結論に達しました。”非人間的な天才の存在感”を表現するには、演技が上手い・下手の問題ではなく、「本当にそういう雰囲気を持っている人でなければダメだ」という考えに至ったのです。では、いったいどうすればいいのか…。そんなある日、プロデューサーの鈴木敏夫氏がポツリと言いました。

庵野はどうですかねえ」

この何気ない一言に、宮崎監督は素早く反応。「庵野か……面白いね(笑)」、「あいつがアフレコやったらどうなっちゃうんだろう?」、「庵野は誠実な男だからね。堀越二郎のキャラクターにはぴったりだよ!」と宮崎監督はノリノリになったそうです。

こうして、急遽ジブリに呼び出された庵野さんは、わけが分からないままアフレコ・テストに参加。もちろん、セリフは棒読みで酷い有様でしたが、宮崎監督は大満足。その場で「庵野にやってもらおう!」と決めてしまいました。当然、庵野さんは驚いて「本当に僕で大丈夫ですか?」と動揺するものの、大先輩である宮崎駿の命令に逆らうことなどできません。案の定、全然大丈夫ではなく、公開後は素人同然の喋り方に批判が殺到、というわけです(^_^;)

これってある意味、庵野さんも被害者なんですよね。元々、宮崎監督から「主人公は寡黙な男でセリフも少ない」と聞かされていたそうです。ところが、いざアフレコが始まるとセリフは多いし、ドイツ語で歌を歌う場面もあるしで、さすがの庵野さんも「話が違う!」と不満爆発。「”絶対大丈夫だ!”みたいなことを言ってたのに、絵コンテ見たらセリフいっぱいですもん。完全に騙されましたね。あ〜、やられた…って」と絶望的な表情を浮かべていました(笑)。


まあ確かに、僕も映画館で初めて声を聞いた時は、あまりの棒っぷりに愕然としましたけど(笑)、幸いキャスティングの経緯を知っていたので、「声が気になって内容に集中できない」ということはありませんでした。ただ、何も知らずに観た人が違和感をぬぐい切れないだろうというのも理解できるため、「批判もやむなし」って感じではありますね。宮崎監督だけは大絶賛してますが(笑)。

あと声優と言えば、この映画にはもう一人気になる人物が登場しています。主人公と菜穂子が滞在している軽井沢の避暑地に、突如現れた謎のドイツ人:カストルプ。「チョットイイデスカー?」と片言の日本語で話しかけるその口調は、もはや”演技が下手くそ”というレベルを通り越し、庵野さん以上に素人感丸出しでビックリ仰天!

この怪しいドイツ人を演じたのは、昔ジブリの海外事業部で働いていたティーブン・アルパートさんです。公私ともに宮崎監督と仲が良かったアルパートさんは、家庭の事情でやむを得ずジブリを退社することになったのですが、宮崎さんは「何とか彼に恩返しがしたい」と考え、『風立ちぬ』の中にアルパートさんに似たキャラクターを登場させました。

つまり、アルパートさんに関しては完全に宮崎監督の私情でキャスティングされているわけで、”演技力”とか”存在感”などは一切関係ないのです。最初は「まあ、出番の少ないキャラだし気にしなくてもいいか」と思っていたのですが、出番が少ない割には妙にインパクトがあって、おまけに主人公と絡むシーンも多いために「ダブルで棒読み」という、非常に聞き苦しい状況になっていたのは困った問題と言えるでしょう(苦笑)。

特に、ドイツ語で歌うシーンは相当苦労したらしく(アルパートさんはアメリカ人なので)、アフレコも大変だったとか。なぜなら、「ドイツ語が苦手」とか「演技が下手」とかいう以前に、アルパートさんがもの凄い音痴だったからです。最初は「何とかなるだろう」と軽く考えていた宮崎監督も、想像を絶する音痴ぶりに録音ブースで頭を抱えるハメに(笑)。

何度リテイクを重ねても全く上達する気配がないため、最後はとうとう現場にワインを持ち込んで「酒を飲みながら歌う」という前代未聞のアフレコ作業が実施されました。この方法は意外と効果があったようで、酔っぱらったアルパートさんは非常に気持ち良く歌い始め、どうにかOKに。

収録後、宮崎監督は疲れ切った表情で、「普通は、音痴といってももう少し歌えるもんだけどね。アメリカ人の音痴は真(まこと)の音痴であることが良く分かりました」と苦笑い。結局、このシーンは一緒に歌っている菜穂子の父親(風間杜夫)の音量を上げることで対処したそうです。

で、映画を見た印象をざっくり述べると、なかなか面白かったですよ。僕は『もののけ姫』以降の宮崎作品、つまり『千と千尋』から『ポニョ』までをあまり好きではなくてですね。映像は素晴らしいんですが、内容が支離滅裂で全然楽しめなかったんです。でも、『風立ちぬ』は楽しく鑑賞できました。その理由として、まず一つは「史実をベースに物語が構成されているおかげでストーリーを容易に理解できる」という点でしょう。

もののけ姫』以降の宮崎アニメは作品世界におけるファンタジーの度合いがどんどん増幅したせいで、”意味が分からないシーン”が急激に増えていきました。「魔法」が普通に存在している世界では、その世界独自の法則に従って事の成り行きが決められ、しかもその”ルール”は宮崎監督の頭の中だけにある。このため、ストーリーの途中でどんなに不可思議な現象が起こっても、「そういうルールだから」と無理矢理納得するしかないわけです。僕はこういう理不尽な映画が面白いとは思えないので、あまり好きではありませんでした。

しかし、現実の世界を舞台にした『風立ちぬ』には”不可解なルール”や”都合のいい魔法”などは一切出て来ません。だから、ストーリーを理解しやすく、”意味が分からないシーン”もほぼ皆無でストレスが溜まらないのです。ただその反面、宮崎アニメでお約束の”不思議な生き物”はいないし、ファンタジー性も希薄なため、そういうアニメを期待した観客には受けが悪いでしょうけど(少なくとも子供向きではない)。

そしてもう一つ好きな理由は、本作が宮崎駿自身を投影した極めて個人的な映画」だということ。世の中のクリエイターは、程度の差こそあれ、必ず自分の作品に自分自身を投影しているものであり、宮崎監督も過去に『紅の豚』で自己の趣味・嗜好をぶちまけていました。でも、『風立ちぬ』はいままでのどんな作品よりも圧倒的に”宮崎度”が高く、完全に宮崎さんのプライベート・フィルムと化しているのですよ。

新婚なのに大事な嫁さんをほったらかしにして仕事に没頭し、肺を患っている彼女のそばでスパスパとタバコをふかす堀越二郎は、まぎれもなく宮崎駿そのものです。宮崎さん本人は、東映動画時代に同僚の女性と結婚したものの、『アルプスの少女ハイジ』や『未来少年コナン』などテレビアニメの仕事が忙しくなると、殺人的なスケジュールに追われて会社に泊まり込みで仕事を続けるようになり、ほとんど家に帰らなかったそうです。当然、奥さんは不満爆発。

以前、息子の宮崎吾朗さんが『ゲド戦記』を作ることになった時、母親(つまり奥さん)から「貴方の父親は今まで一度も家庭を顧みることはなかった。何一つ父親らしいこともしなかった。お願いだからアニメ屋なんかにならないで!貴方は宮崎駿のようになってはいけない!」と涙ながらに懇願されたとか。ヒドイ話だ(^_^;)

ちなみに、『風立ちぬ』にはタバコを吸うシーンがたくさん出てきますが、これも宮崎駿の嗜好と完全に一致しています。宮崎さんのヘビースモーカーぶりは業界でも有名で、ジブリの社内は全館禁煙なのに、宮崎監督の机の周りだけは2台の大型空気清浄機が常時フル可動しているそうです(笑)。

また、宮崎さんは”チェリー”を好んで吸ってるんですけど、堀越二郎のタバコの銘柄も同じくチェリーだったり(ちなみに監督の住んでいる地域だけが他に比べてチェリーの消費量がズバ抜けて高いとかw)。さらに東日本大震災の後、「同じ愛煙家としてタバコがないのは辛いだろう」と、チェリーも含めてなんと総計200箱以上のタバコを宮城県気仙沼市へ寄付したらしい。宮崎監督、どんだけタバコ好きなんだよw

このように、宮崎駿自身とのシンクロ率がハンパない堀越二郎を主人公とし、彼が作り出した飛行機を、同じく飛行機好きの宮崎監督が愛情たっぷりに描いた本作は、過去の宮崎アニメを凌駕するような美しい映像表現に満ち溢れ、何もかもがとても新鮮でした。

しかも、SFでもファンタジーでも冒険活劇でもなく、純然たるラブストーリー!まさか今の時代に宮崎駿の恋愛映画を観れるとは!『カリオストロ』の頃からは想像もできない状況です。これも嬉しい驚きでしたねえ。「なるほど〜、宮崎駿が恋愛映画を作るとこうなるのか〜」と興味津津で鑑賞しましたよ。

今の所、世間の評価は真っ二つに分かれていて、しかもジブリファンの人たちが「こんなのジブリのアニメじゃない!」と猛烈に批判し、反対にアンチ・ジブリの人たちが褒めまくるという逆転現象が起こっているようです(笑)。

なお、自分を投影した堀越二郎の役を庵野さんに演じさせたということは、宮崎駿庵野秀明ということでもあるわけで、ますます二人の親密ぶりが伺えますね(どんだけ相思相愛なんだw)。実は、『風立ちぬ』の制作中に宮崎監督は一度、過労でぶっ倒れて入院したそうです。

そして退院後に再び現場に復帰し、どうにか映画を完成させた後、庵野さんに対して「お前、『風の谷のナウシカ』の続編を作りたいって言ってたよな?今までは”そんなもん作るな!”って反対してたけど、いつまでもそんなこと言ってても仕方ないし、庵野が作りたいなら作ればいい。ただし原作通りにやろうなんて思うな。庵野がやりたいようにやればいいんだ」と、『ナウシカ2』の製作を許可したらしい。ということは、ついに庵野監督の手で『ナウシカ2』が実現するのでしょうか?本当ならぜひ観たいですね〜(^_^)


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