ひたすら映画を観まくるブログ

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世界に名だたるオタクの帝国、ILM誕生!

ルーカスとアレック・ギネス

スター・ウォーズ』の撮影で何が一番苦労したかと言えば、とにかく貧乏で「セットやプロップに全然お金が掛けられない」という事でした。そこでスタッフたちは少しでも製作費を節約する為に、中古銃の倉庫に足を運んで再利用できるものをひたすら探す事になったのです。すると、スターリン軽機関銃が山ほど見つかったので、「これを一番数が必要なストームトルーパーのブラスターに使おう」という事になりました。実銃を使えば役者も発射のタイミングを実感できて、ただ撃ったマネをするよりも迫真の演技が出来るからです。
しかし、さすがにそのままだとバレバレなので、先端の部分にパーツをたくさん貼り付けて“未来銃”のような外観に改造しました。このパーツは、車のウインドウを仕切る部分の、シーリング用のプラスティック・レールです。さらに倉庫から埃まみれの大きな箱を見つけると、中に筒型の古いカメラのフラッシュが何本も入っていました。これを箱ごと買い取って、トルーパーのブラスターに使ったパーツを貼り付けて、ライトセーバーを作ったのです。また、R2-D2のドーム型の頭部は、撮影用証明ランプの傘の部品を使用。頭部に設置された様々な装置は、旅客機の座席の読書用ライトを流用しました。こうしてルーカスは、ありとあらゆる物をリサイクルで切り抜けたのです。まさに伊藤家の食卓にも匹敵する創意工夫が満載だと言えるでしょう。
しかし、『スター・ウォーズ』が大ヒットして色々な物が商品化されるようになった時、メーカーは大変な苦労を強いられるハメになってしまいました。スタッフに図面を要求しても、全部現場ででっち上げたものばかりで、そもそも図面など存在しなかったからです。
さて、ルーカスがイギリスで悪戦苦闘の撮影を続けている間、20世紀フォックスの上層部では大変な問題が持ち上がっていました。アラン・ラッド・ジュニアがルーカスと最初に交わした契約では、『スター・ウォーズ』の予算は350万ドルだったのに、撮影が始まったら何と1200万ドルに跳ね上がっていたのです!いったいなぜ、こんな事になってしまったのでしょうか?実は、「本当の予算を話したら、アランに取引を中止されるかもしれない」と心配したルーカスが、実際の予算よりかなり少ない金額を提示していたのです。
アランはこの事実を知った時、頭を抱えましたが、20世紀フォックス監査役であるレイ・ゴスネルにこの予算書を提出しました。当然ながらゴスネルは呆れ果てて、550万ドルまでの切り下げを命じたのです。しかし、ルーカスはそんな命令を無視して、映画製作に必要な設備を次々と自腹を切って購入していきました(最終的にルーカスが自腹で払った費用は100万ドルを超えたらしい)。後に世界中の特撮産業を席巻する“光と魔法の工房”もその一つです。
撮影開始の一年前、ルーカスはヴァンナイス空港にほど近いベッドタウン内の寂しい界隈に、1400平方メートルの広さがある二階建てのビルを借り、そこをジョン・ダイクストラと8人の助手にあてがいました。そして、この倉庫の業務を偽って、映画製作ではなく「電子部品を販売している会社」という印象を与える為に、“インダストリアル・ライト・アンド・マジック”という社名を考え出しました。こうしてILMは誕生したのです。
ダイクストラは、ハリウッドやシリコンバレーから、SFオタクやパソコンオタクや特撮オタクなど、超一流のオタクたちを集めて“特殊な軍団”を作り上げました。すなわち、ILMオタクの梁山泊だったのです。日を追う毎にオタクの人数は増えていき、最終的には100人以上になりましたが、平均年齢はわずか27歳でした。こうして、集められた100人のオタクたちは昼夜を問わず『スター・ウォーズ』の特撮を製作する事になったのです。
しかし、イギリスから戻ったルーカスに衝撃の事実が待ち受けていました。なんと、ILMは一年間に400万ドル以上の費用を掛けておきながら、ほとんど成果を上げていなかったのです。出来ていた特撮ショットはたったの3本。しかも、その内の2本はルーカスのイメージとかけ離れ過ぎていて、全く使い物になりません。想像を絶する酷い状況に、ルーカスは我を忘れて激怒しました。しかし、あまりにも急激に怒り過ぎた為に持病の高血圧が悪化し、その晩マリン総合病院に緊急入院するハメになってしまったのです。病院のベッドの上でルーカスは考えました。「この映画はもうダメかもしれない・・・」。この時、ルーカスは『スター・ウォーズ』の撮影が終わったら、監督業から引退する事を決意したのです。しかし、ルーカスの苦難はこの後もまだまだ続くのでした。