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【『シン・仮面ライダー』ドキュメンタリー】庵野秀明監督が描きたかったアクションとは?

ドキュメント「シン・仮面ライダー」

ドキュメント「シン・仮面ライダー


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて先日、NHKBSプレミアムにて『ドキュメント「シン・仮面ライダー」~ヒーローアクション 挑戦の舞台裏~』という番組が放送されました。

この番組は、現在公開中の映画『シン・仮面ライダー』の制作現場にNHKが密着取材し、監督の庵野秀明さんや参加したスタッフ・俳優たちがどうやって作品を作り上げたのか、その舞台裏をカメラに収めたドキュメンタリーなのですが…

あまりにも過酷な撮影現場の様子に多くの視聴者が衝撃を受け、放送直後からSNS上では「庵野監督のこだわりが凄い」とか「いや、これってパワハラなのでは?」など様々な反響が巻き起こりました。

なぜかと言うと、『シン・仮面ライダー』の撮影は監督である庵野さんの指示によって進められていくんですけど、その指示がメチャクチャ細かくて、変更や修正も非常に多かったからです。

特に厳しかったのが”アクション”に対する要望で、アクション監督の田渕景也さんが「このシーンのアクションはこんな感じでどうでしょうか?」とビデオコンテを作って提案しても、なかなかOKが出ないのですよ。

事前の打合せで庵野監督は、TV版『仮面ライダー』(1971年~)でアクションを担当していた大野剣友会の名前を挙げていたらしく、田渕さんもそれを意識しながら現代風に進化させた”カッコいいアクション”を考案しました。

 

ところが、庵野監督がやりたかったアクションは違ってたんですね。

 

田渕さんが「ここで仮面ライダーがこう動いて、ショッカーがこういう感じで殴りかかってくるからそれを避けて…」という具合に細かく殺陣(たて)を指導し、その手順通りにスタントマンがアクションを演じても、「段取りでやっているようにしか見えない」とバッサリ。

「ショッカーの皆さんに気概が無いというか、段取りを合わせることに意識が向きすぎて”本郷を殺そう”っていう迫力が全然足りない」などと田渕さんが考えたアクションを次々とNGにしたのです(結局、ほとんどのアクションが後で撮り直しになった模様)。

この番組の中で庵野さんは「みんな頭の中が殺陣でいっぱいになってる」「やっぱり組み手は組み手にしか見えないんですよ」「意外性が足りません」「全部アドリブでやって欲しいぐらい」「もう段取りなんかいらないですよ」などと不満を述べていました。

ドキュメント「シン・仮面ライダー」

ドキュメント「シン・仮面ライダー

どうやら庵野監督はアクションの”段取り感”が非常に気になっていたようですが、なぜそんなに「段取りがイヤ」だったのでしょうか?

これに関して、実写映画版『るろうに剣心』を撮った大友啓史監督が過去に興味深い発言をしていたので引用させていただきます。

映画には偶然性って必要なんですよ。前もって覚えてきた動きを本番で披露するだけなら、それは単なる”再現”に過ぎません。「再現しよう」じゃなくて「表現しよう」という意識がないと、つまらない映像になってしまう。

だから僕は敢えて細かく決め込まないで現場に臨むスタンスなんだけど、アクションの場合は難しいよね。立ち回りが決まって、色んな段取りが決まっていく中で偶然を拾おうとしているわけだから、その偶然を待ち続けるためには何回も何回もやり直さなきゃいけないわけで。

(「SWITCH」2012年9月号より)

つまり、「覚えた殺陣を段取り通り正確に演じようとしすぎるあまり、予定調和で面白味のないアクションになってしまっている」というのが、庵野監督の不満点だったのでしょう。

 

また、今回のドキュメンタリーでは「意外性が足りない」という言葉も何度か出て来て、「計算したものから面白いものは生まれない」「予定調和ならアニメーションの方がいい」「実写でやるからには、実写でしかできないことをやりたい」などの意見も聞かれました。

それで思い出したのが「にせウルトラマンのエピソードです。

にせウルトラマンとは、『ウルトラマン』第18話「遊星から来た兄弟」に登場する敵キャラクターで、ザラブ星人ウルトラマンに化けて地球人を騙そうとする話なんですが、庵野さんはこの「ウルトラマン vs にせウルトラマン」のアクションシーンが大好きなんですね。

何がそんなに気に入ったのか?というと、ウルトラマンがにせウルトラマンにチョップした時にもの凄く痛がる、その痛がり方が「最高だ!」と(笑)。実はこれ、中に入っているスーツアクター古谷敏さんが本気で痛がってるんですよ。

本来はチョップを当てずに寸止めする予定だったんですが、距離感を間違えてFRP製のマスクを力いっぱい殴ってしまい、まるでウルトラマンが「痛えぇぇ~!」と叫んでいるかのような勢いで思い切り手を振るっていう(古谷さん曰く「小指の骨が折れたんじゃないかと思うぐらい痛かった」とのこと)。

もちろん台本には「ウルトラマンが痛がる」なんて一言も書いてないんですけど、庵野さんはこの”意外なリアクション”が好きすぎて、『シン・ウルトラマン』でもCGで完全再現したのです(よく見たら、殴られた瞬間に飛び散る”マスクの破片”まで再現してるw)。

シン・ウルトラマン

シン・ウルトラマン

恐らく庵野監督が『シン・仮面ライダー』でやりたかったのは、計算では決して出て来ない予想外の反応、つまり「撮影現場で偶発的に起こる”意図しない動き”を取り入れた本気のアクション」ってことなのでしょう。

 

ちなみに、監督が引き合いに出した「大野剣友会」のアクションは非常に荒っぽくて独特の”危険な迫力”に満ち溢れ、今見ても(むしろ今見ると)「これマジで危ないんじゃないの?」とハラハラドキドキするようなアクションが満載なのです。

それもそのはず、当時の『仮面ライダー』は制作予算が極めて少なく、同時期のウルトラマンシリーズみたいに派手な光学合成は使えませんでした。そこでスタッフはキックやパンチやバイクアクションなど、主に肉体を駆使したバトルシーンで盛り上げようと考えたのです。

大野剣友会のメンバーはその期待に応えるべく、文字通り”体を張った危険なアクション”に次々と挑み続け、視聴者の度肝を抜きまくりました。

もちろん事前に決められた段取りに従って動いてはいるんですけど、なんせ昔の撮影ですから現在と比べると「安全対策は万全」とは言い難く、怪我やアクシデントが続出したそうです(主演の藤岡弘さんが事故で大腿部複雑骨折の重傷を負ったのは有名な話)。

また大野剣友会は上下関係が厳しいことでも知られており、当時「殺陣師(たてし)」を務めていた高橋一俊さんは”カシラ”と呼ばれ、他のメンバーは撮影中に高所から「飛び降りろ」と言われたら、どんなに高くても(下が地面だろうが水面だろうが)必ず飛び降りなければならなかったらしい(今なら完全にアウトw)。

全国の視聴者を魅了した大野剣友会の殺陣は
あまりにも危険
あまりにも華麗
その上、哀愁すら感じたという

講談社仮面ライダーをつくった男たち 1971』より)

なので庵野監督は、こういう「昔の『仮面ライダー』にあった危険で華麗な雰囲気」を現代に蘇らせたかったのかもしれません。

もちろん、今の時代に同じようなことをやるのは難しいでしょうけど、庵野さんが「アクシデントが含まれた映像を使いたがっていた」ことについては、本郷猛役を演じた池松壮亮さんも以下のように証言してるんですよね。

その日のラストカット、もう本当に5分で作って5分で撮ったみたいなやつを、庵野さんはあの時だけ現場でOKを出したんですよ。あのOKって何だったんだろうと思って。「いらない」というOKなのか?とか色々考えてたんですけど、後々プロデューサー陣から「実は監督があれを気に入った」と聞いて、自分も動画を観直してみたんです。

粗いんですよ、ものすごく。素人が5分で覚えてるわけですから。アクション部もどんどん間違えてるし。ただ、その粗さと肉体感と、それぞれの戸惑い。それを見た時にちょっと「おや?」と思って。

縦長の通路で撮影した時に、右のストレートがアクション部の方に当たっちゃったんですけど、ああいうアクシデントを「使いたい」と。これは僕の勝手な解釈ですけど、もしアニメーションに勝てるとしたら「肉体感」と「生っぽさ」しかないと思う。きっと庵野さんは、そういうところを探して反応してるんじゃないかな。

仮面ライダー』や『ウルトラマン』っていうのは、まぁ言ってしまえば全部”作り物”なんですが、何らかのアクシデント(チョップやパンチが本当に当たってしまう等)で予期せぬ動きが入ると、観ている人は「あれ?今の動きはなんか違うぞ?」って感じると思うんですよ(その瞬間、作り物の中にチラッと”本物”が見える)。

庵野監督が欲しかったのは、そういう「生っぽさ」というか「段取り芝居だけでは得られないガチのリアクション」だったのでは…。

ドキュメント「シン・仮面ライダー」

ドキュメント「シン・仮面ライダー

しかし、だとしても「じゃあ具体的にどうすりゃいいんだ?」って話なんですよね。う~む…

例えば、昔の時代劇を観ていると時々「あれ?今の動き、なんだかリアルだな…」と感じることがあって、なぜそう感じるんだろうと思ったら実写映画『るろうに剣心』シリーズでアクション監督を務めた谷垣健治さんが以下のように解説していました。

座頭市血煙り街道』とか『座頭市千両首』とか、テレビの音を消して何度も観ていたら、ある発見があって。それは立ち回りの「息の合わなさ」

座頭市』のシリーズに、よく1対3とかで戦うシチュエーションあるでしょ?あれ、たぶん打合せの時は「いち、にー、さん。こんな感じで」ってゆっくりやってたのに、本番になると全然違うスピードでフライング気味に勝新太郎さんがムチャクチャに斬って、それを斬られ役の人が何とか頑張って合わせようとしてるんだけど、間に合ってない。

で、みんな倒れる頃には勝さんはもう刀を収めてる。これが相対的に速く見える原因じゃないかと。実際に勝さんの本を読むと、相手役が「イヤー!」ってかかって来るところの「イ」ぐらいで斬ると速く見えると言ってる。

殺陣にも2種類あると自分は思っていて、それは『ドラゴン・キングダム』のジャッキーVSジェット・リーに観られるような「息もピッタリ」な殺陣。もう一つは「息の合わない生っぽい」殺陣。

『SPL 狼よ静かに死ね』以来、ずっと追求している「殺陣に見えない殺陣」を使うことで、お客さんももちろん映画なんだから作り物だと分かってはいるんだけど、ほんの一瞬でも「アレ?この人たち、もしかして本気で殺し合ってる!?」って錯覚してしまうようなテイストに持って行けるんじゃないかと。

(『アクション映画バカ一代』より)

つまり、本番前に「こういう感じで動く」という打ち合わせをしていても、本番で急に打合せと違う動きをすれば相手はタイミングを狂わされ、「えっ!?」となりつつ必死で合わせようとするその動きが「段取りなんだけど段取りっぽく見えないアクション」としてカメラに収まる…というわけです。庵野監督が目指していたアクションって、こういうことなんじゃないでしょうか?

実際、『シン・仮面ライダー』のラストのアクションに関しては池松さん、柄本さん、森山さんの3人で動きを考え、ほとんどアドリブみたいな格闘シーンを数分間カメラ回しっぱなしで撮ってますからね。ちょっと普通の映画ではあり得ません。

その場で考えた殺陣をぶっつけ本番的に演じているので正直あまりカッコいいとは言えず、しかも後半はだんだん疲れてきてヘロヘロの状態(おまけに、撮影直後は3人とも床に倒れ込んでハァハァゼイゼイ言ってるしw)。

でも、庵野監督に言わせれば「役者たちがボロボロになりながら全力で戦っている姿が素晴らしい!」「こういう”本気のリアクション”がいいんだよ!」ってことなんだろうなぁ(当然ながら1発OK)。

なお、あのアクションを観た人の多くは「最後の戦いなのになんか泥臭いな…」と感じたようですが、それこそがまさに庵野さんの狙い通りというか、そもそも台本に「泥臭い戦い」って書いてあるんですよね(笑)。

ドキュメント「シン・仮面ライダー」

ドキュメント「シン・仮面ライダー

そしてもう一つ、重要なことがこのシーンを撮る直前に起きていました。なんと庵野監督が突然”激怒”し、現場が一気に緊迫するんですよ。一体なぜ庵野さんは激怒したのか?そして、この”泥仕合みたいなラストアクション”にどんな思いが込められていたのでしょうか?(以下、庵野監督の説明より↓)

この映画は、ここまでは”嘘”でもいい。こういうコスプレみたいな世界の中でリアリティもないわけだし。でも、ここだけは観た人が「本当にやってる!」と思わないと、もうお客さんと繋がりがなくなってしまう。マンガじゃないところが1ヵ所ないと、映画としては上手くいかない。それがここなんです。なぜかと言うと、あの3人が”本物”だから。

あれだけカッコいい3人が、泥仕合みたいな見苦しいことをしてるっていう。カッコつけてないっていう。まぁそれでもやっぱり”嘘”なんだけど、でもお客さんがそれを「本物かな?」と錯覚しないとこの映画は失敗する。だから激怒したんです。これまでの努力がパーになるし、これからの努力も全部パーになるから。ここは要(かなめ)だと思う。

庵野監督の「お客さんがそれを”本物かな?”と錯覚しないと…」って考えは、谷垣健治さんの「お客さんがほんの一瞬でも”本気で殺し合ってる!?”って錯覚してしまうような…」という意見と全く同じで、やはり庵野さんはそういうアクションを求めていたんですね。

つまり「マスクを着けた男たちがカッコつけて戦ってるような虚構の世界だからこそ、どこか1ヵ所でも”本物”がないと映画として成立しない」と。だから最後にあの”泥臭い戦い”を敢えて持って来たのでしょう。

ドキュメント「シン・仮面ライダー」

ドキュメント「シン・仮面ライダー

というわけで、『シン・仮面ライダー』のドキュメンタリーを見て色々思ったことを書いてみたんですが、庵野監督のやりたいことは何となく分かったものの、やはり実行するのは「かなり難しい」と言わざるを得ません。

なぜならアクション監督の仕事は「カッコいいアクションを構築する」と同時に「役者やスタントマンの安全性も確保しなければならない」わけで、そのためには適切な段取りが絶対必要なんですよ(ヘタすると大事故に繋がる恐れもあるし)。

それなのに「全部アドリブでやって欲しい」とか言われたら、「じゃあアクション監督の立場はどうなるんだ?」って話でしょう。

実際、自分のアクションをことごとく否定された田渕さんは「僕が思う”カッコいいアクション”と庵野監督の感覚が違うんだな…」と語り、最終的には「もう辞めよう」と思うぐらい精神的に追い詰められていきました(ツラい…)。

しかし、田渕さんと他のスタントマンたちが台本を捨てて帰ろうとしていたら、急に庵野監督がやって来て「目に涙を浮かべながら謝った」とのこと。それを見た田渕さんは「最後まで庵野さんに寄り添って、この作品を完成させよう」と心に決めたそうです。

なのでまぁ、結果的にはよかったと思いますが……う~ん、これっていいエピソードなのかなぁ(^^;)

 

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