どうも、管理人のタイプ・あ~るです。
さて先日、当ブログにて劇場版『機動警察パトレイバー』が生まれるまでのエピソードを書いたところ、「『パト2』も大好きです」「『パト2』の記事が読みたい!」など多くの反響をいただきました。ありがとうございます!
というわけで本日は、続編となる劇場アニメ『機動警察パトレイバー2 the Movie』が生まれるまでの経緯について詳しく解説してみたいと思います(前作のエピソードはこちらの記事をどうぞ↓)。
まず、劇場版『機動警察パトレイバー』が1989年7月に公開された後、同じ年の10月からTVシリーズが始まりました。しかし実はこれ、もの凄くバタバタと決まった企画だったようです。
鵜之澤伸プロデューサーによると、「元々テレビ局側で準備していた番組がダメになって、急に放送枠が空いたような印象だった」「オンエアは10月なのに、連絡が来たのが5月だった」というぐらい突然の話だったらしい。
大急ぎでスタッフを集めようとするものの、押井さんは「TVアニメの監督はもうやりたくない」と参加を拒否。出渕さんと高田さんはデザインのみ、ゆうきまさみさんも漫画の連載で忙しい…みたいな感じで、結局ヘッドギアのメンバーでガッツリ関わることになったのは伊藤和典さんだけ。
しかもOVA版や劇場版を制作したスタジオディーンにも「うちはTVシリーズなんて出来ないよ」と断られてしまい、鵜之澤プロデューサー曰く「監督はいないし、制作スタジオも未定。決まっていたのは放送枠だけ」という悲惨な状況だったらしい。
それでもどうにか日本サンライズ(現サンライズ)に引き受けてもらい、監督も吉永尚之さんに決まって一安心……かと思いきや、一人だけ関わることになった伊藤和典さんは大変な苦労を強いられたようです。以下、伊藤さんのコメントより。
うん、大変だったよ。毎週毎週すさんでいってるのが自分でもわかったからね(笑)。『パトレイバー』の場合は最初にOVAがあって、映画があって、息つく暇もなくTVシリーズだったでしょ?しかも制作が決まってからオンエアまで、ほとんど時間がなかったからね。せめて準備に半年は欲しかった。
そもそもTVシリーズって最初は2クールの予定だったんですよ。それが、いつの間にか4クールになって、それが終わると今度は新しいOVAをやるからって、どんどんゴールを先延ばしにされて疲弊していくばっかり…。結局、僕の30代はほぼ全期間を『パトレイバー』に費やしてました(苦笑)。
(「機動警察パトレイバー クロニクル」より)
こうしてTV版や新OVA版が作られた後、いよいよ劇場版の2作目となる『機動警察パトレイバー2 the Movie』の制作が始まるんですけど、その制作方法は前作とはかなり異なっていたようです。
1作目の場合は、ヘッドギアのメンバー全員が何度もディスカッションを繰り返し、それぞれの意見やアイデアを脚本に取り入れ、しかも押井さんが考えていたオチはやらせないという(笑)、そういう体制で作られたため、ある意味「非常にバランスのいい映画」に仕上がっていました。
ところが続編の『パト2』は全く逆で、ほとんど押井監督と伊藤さんだけで内容が決められ、他のメンバーはあまり関与できなかったらしいのです。以下、ゆうきまさみさんのコメントより。
まあ、今回は押井さんと伊藤さんが「自分たちが映画を作るというのは、こういうことなんだ」と言って、僕やブッちゃん(出渕裕)とかの意見はあまり取り上げてもらえませんでした。仕方がないから僕の方はひたすらサブキャラを描いて、ラフを送ってOKをもらって…ということの繰り返しだったような気がしますね。
最初のシナリオに入る前の打合せで、「こうしたらいいんじゃないの?」という案を出していて、押井さんも初めは入れるつもりで絵コンテを切ってたらしいんだけど、そうしたら尺がえらく伸びちゃった。要するに、押井さんのやりたい部分だけでもう尺がいっぱいになっちゃって、コンテの段階で40分ぐらい落とさざるを得なかったらしいんです。そのカットされた中に、僕とかブッちゃんのアイデアも入ってたんですね。
(「PATLABOR DIGITAL LIBRARY Vol.02」より)
ちなみに「カットされたシーン」というのは、主に第2小隊のメンバーが登場する場面で、野明や遊馬や太田たちが久しぶりに集まって酒を飲む…みたいな展開になるはずだったらしい。
ゆうきさんによると、「初めてパトレイバーを観る観客にもわかりやすいように、特車二課のメンバーを集めて顔見せしておいた方がいいだろうと思って、いくつかそういうシーンを考えていたんですけどね」とのこと。
たしかに、『パト1』に比べると『パト2』は野明や遊馬たちの活躍場面が少なく、OVA版やTV版に慣れ親しんだパトレイバーファンにとっては少々不満を感じる内容だったことは否めません。
ただし、メカデザインの出渕裕さんは「押井さんも最初はその辺(第2小隊のキャラクター)を拾ってやる気はあったんだと思いますよ。でも、尺の問題で泣く泣く切ったんじゃないかな」と説明していました。
また、押井監督自身も野明や遊馬たちが語り合っている場面を描きたかったらしく、以下のようにコメントしています。
第2小隊の連中に3年の間に何が起こったのか、なぜ後藤の招集に応じるのか、その辺の事情を説明するシーンが本当はもっといっぱいあったんだけど、尺の都合で切っちゃったんだよ。第2小隊の同窓会とかね。みんなが鍋を囲んで愚痴垂れまくってるシーンとか、実はコンテまで切ったんだけど、やむなく全部カットした。映画って2時間って尺があるから、やっぱり何でもかんでもはできないなってさ。
(「機動警察パトレイバー 泉野明×ぴあ」より)
このように、押井監督は決して第2小隊のメンバーをないがしろにしていたわけではなかったようですが、とは言え、ゆうきさんや出渕さんの意見よりも自分のやりたいことを優先していたのも事実でしょう。
さらに、『パト2』の脚本は伊藤和典さんが書いたのですが、伊藤さんによると「ストーリーはほとんど押井さんが一人で考えた」とのこと(以下、伊藤さんのコメントより)。
『パト2』に関して言えば、設定なんかも含めて、ほぼ押井さんが決めてましたね。押井さんがあらかじめかなり詳細なプロットを用意していたので、脚本家の自分はただそれになぞって書くだけでした。後藤と荒川が川下りしながら長台詞の会話をするシーンなんかも、押井さんから「ちょっと語りたいことがあるから、場面だけ用意しておいて」ってオーダーがあったので、僕はただその場面を脚本内に配置しただけですから。実際のセリフも全部押井さんが書いたものです。
(「機動警察パトレイバー 泉野明×ぴあ」より)
このように、色んな人の意見を丁寧に取り入れた1作目とは打って変わって、『パト2』は押井守監督の主義・主張を全面的に反映させた結果、極めて作家性の強い内容になっているのです。では、押井監督自身はどのような気持ちで『パト2』に取り組んでいたのでしょうか?
『パトレイバー2』の制作は最初から波乱含みでしたね。お互いに牽制し合って、誰が主導権を握るんだ?って感じで。ただそれは、ハッキリ言って最初から勝負はついていた。つまり、伊藤くんと僕が組んだ時点で「戦争ものをやろう」って。バンダイの方も、最初のOVAでやったクーデター話(5話・6話)がお気に召していたみたいだから、一応の内諾は取れてたんです。あとは、伊藤くんと早々に共同戦線を張って、泣こうが喚こうがストーリーの大枠を決めちゃって、これでもう勝つ構図はできていたわけですよ。
まあ、こんなことばかりやっていてもしょうがないんだけど、映画を成立させるためには政治力というか力関係というか、戦略が大事なわけ。早い段階で勝負を決めておかないと、スタートしてからケンカを始めると、お互いに消耗戦になった挙句に損はするしボロボロになってしまう。問答無用で抜きざまに一閃しないと。相手がもんどりうってるうちに、ことを進めちゃわないとダメなわけですよ(笑)。まあ、そういった意味では作戦勝ちでもあったし、ヒドいことをやったなとは思うんだけど、今回は全く聞く耳を持たなかったというか、何を言ってきても受け付けなかった。
(「押井守全集 THE SEVEN DOGS' WAR」より)
どうやら押井監督の中には「1作目みたいな状況にはしないぞ!」という強い思いがあったらしく、「ファンサービスのための映画を作りたいとは、これっぽっちも思っていなかった」「シリーズを支えてきてくれたファンの心理を思えば”裏切り”と呼ばれてもしょうがないんだけど、1本の映画として考えた場合は、キャラクターと心中するわけにはいかないというのが僕の立場だった」と述べています。
では、そこまでして押井守監督が『機動警察パトレイバー2 the Movie』で描きたかったものは何か?というと、”戦争”なんですね。もっと言うと「戦争とは何か?平和とは何か?という本質的な問いかけ」をアニメを通じて描こうとしていたのです(以下、押井監督のコメントより)。
1作目はアクション性を全面に押し出した娯楽映画だったけど、2作目は全然違う種類の映画で、ある種の”ポリティカル・フィクション”を目指したんですよ。登場人物と観客との間に常に一定の距離を保ちつつ、緊迫感や予兆みたいなもので物語を引っ張っていこうと。アニメでそういうことが可能なのかどうなのかってことも試してみたかった。きっかけは湾岸戦争ですね。僕らの世代は戦争の記憶といえばベトナム戦争なんだけど、今の若い人たちにとっては湾岸戦争だろうと。ちょうど映画の準備をしていた時期に湾岸戦争が勃発して、アニメで戦争を描くにはいい機会だと思ったんです。
ベトナム戦争と湾岸戦争の大きな違いは何かっていうと、「モニターの向こうにしか戦争がない」ってことなんですね。いま世界中で戦争が行われているのに、日本だけが敢えてそういう現実から目を逸らそうとしている。あくまでもモニターの向こう側の出来事であって自分たちには関係ない…と。そういう人たちに強烈な一撃を食らわせようとする犯人のイメージがまずあって、それが柘植行人という男なんです。
『機動警察パトレイバー2 the Movie』に事件の首謀者として登場する柘植行人は、東京を舞台に架空の戦争を仕掛けて日本中を混乱の渦に巻き込みます。彼の行動とそれに抗う人々との攻防が本作の見どころなわけですが、押井監督は柘植よりもむしろ荒川茂樹の方に「共感を覚える」とのことで、後藤と荒川の会話シーンは特に力を入れていたらしい。
「戦争だって?そんなものはとっくに始まってるさ。問題なのは如何にケリをつけるか、それだけだ」(『パト2』本編の荒川茂樹のセリフより)
押井監督は本作で「戦争とは何か?平和とは何か?」を描くために様々な文献を読み漁って勉強し、その結果『パト2』はロボットアニメとは思えぬほど哲学的で難解な要素が強くなったわけですが、伊藤和典さんは完成した映画を観て「これは映画として成立しているのか?」「押井さんの”戦争研究論文”にしか見えない」と感じたそうです。
たしかに、ほとんど動かない画面の中で渋いオッサンたちが戦争について延々と語り続ける場面は、レイバーの派手なアクションを期待した観客にとっては退屈に映ってしまうかもしれません(個人的にはこういう長台詞や世界観が大好きなんだけど、ダメな人もいるでしょうね)。
だがしかし!『パト2』で描かれているのは”戦争論”だけじゃないんですよ。もう一つの重要なドラマの柱、それが「南雲しのぶの恋愛エピソード」です。どうやら押井監督は本作において”ラブストーリー”としての側面も見せたかったらしく、伊藤さんにそう伝えていたようです(以下、伊藤さんのコメントより)。
押井さんは照れながらも「一応これは恋愛映画である」と(笑)。柘植としのぶの関係…強いて言えばその辺を描くのが難しかったですね。最後に手錠をかける時、互いに手が触れあった瞬間に、それまでの時間の空白を飛び越えるような何か、それを観客も了解できるような何かが欲しいということで、いろいろ考えたんだけど…。二人が手を絡ませた後で、しのぶが自分の手首にも手錠をかけるでしょ?あれは自分も共犯者なんだっていうことを了解しているのだと、そういう雰囲気が観た人にちゃんと伝わっているか?というと、僕としてはあまり自信がないんですよ。
(「PATLABOR DIGITAL LIBRARY Vol.02」より)
しのぶと柘植の恋愛感情をどのように描けばいいのか、伊藤さんは悩んだようですが、映像をよく見ると「二人の関係性」を匂わせるようなカットがいくつか存在します。例えば、冒頭の「レイバーから出てきてヘルメットを脱ぎ、顔を上げる」という柘植の動きと、終盤のしのぶの動きが全く同じなんですね(わざと作画のタイミングや構図まで合わせている)。ここで、元恋人同士だった二人の心情を表現しているわけです。
さらに押井監督は、この二人に後藤を加えた三角関係(メロドラマ)を想定していたらしく、以下のように語っていました。
後藤っていうのは、良くも悪くも”正義の人”なんですね。公務員だって言ってるけど、結局は正義の側なんです。そしてもう一人、しのぶっていう女性がいて、警視庁きっての才媛と言われた彼女がなぜか埋め立て地に島流しになってて、何につまずいたかっていうと”男”なんですね。男がつまずくのは女だし、女がつまずくのは男なんですよ。そういう、後藤としのぶと柘植の三角関係というか、メロドラマ的な要素を加えることで多少マイルドにするっていう。だからこれは、戦争の映画であると同時に、しのぶさんの映画でもあるわけです。そういう意味では、意図としても手段としても大人の映画になったんじゃないかな。
そして、そんな南雲しのぶを演じた声優の榊原良子さんも、本作のアフレコで大変苦労したようです(以下、榊原さんのコメントより)。
私はアフレコの前日まで、眠れないぐらいに悩んでたんです。特に、元恋人の柘植と何年振りかで出会うラストシーン。そこで交わされる会話が、全く”元恋人同士の会話”じゃないんですよ。「何なのこれ!?」って思わず言いたくなるような内容で(笑)。哲学を論じているみたいで「どうしたらいいんだろう?」と思って、台所の床に尻もちをついて、前にある食器棚のガラス戸を見ながら、タバコをふかして一生懸命考えたんです(笑)。自然にこのセリフが出て来るにはどうやって自分の中に取り込んでいったらいいんだろう?と真剣に悩みました。
(「機動警察パトレイバー2 the Movie サウンドリニューアル版」の特典ブックレットより)
榊原さんは押井監督と何度も話し合いを重ね、どうにかアフレコは完了したものの、自分の演技については納得していなかったらしく、数年後にサウンドリニューアル版の収録で録音し直した際、しのぶの話し方や雰囲気などを変えて演じたそうです(聞き比べてみるのも面白いかも)。
こうして『機動警察パトレイバー2 the Movie』は完成し、1993年に全国の劇場で公開されました。結果は、配給収入1億8千万円で大ヒットとは言えないものの、観た人の評価は高く(特に押井守ファンの評価が非常に高く)、後に発売されたビデオやLDも売れてプロデューサーは一安心。
また、滅多に他人の作品を褒めない宮崎駿監督も『パト2』を観て、「とても見応えがあった。まず映像的に感心した。こういうジャンルで押井さんと競合するのは絶対にやめようと思った」「語り口の巧みさという点でも本当に抜きん出ていたと思う」とベタ褒め(柘植に関しては文句を言ってましたがw)。
さらに、海外の映画関係者の間でも話題となり、ジェームズ・キャメロンやギレルモ・デル・トロなど有名な監督たちが大絶賛!特にジェームズ・キャメロンは『トゥルーライズ』を作る際に『パトレイバー2』のワンシーンを参考にするなど、様々なクリエイターに影響を与えました。
というわけで『機動警察パトレイバー2 the Movie』は、1作目とは内容もイメージも全く異なる映画に仕上がったものの、どちらの作品も非常に完成度が高く、いまだに多くのファンから愛されているのは素晴らしいことだと思います。
なお、『パト2』を作り終えた感想を聞かれた押井守監督は、「自分の思い通りの映画が作れたので満足している」「でっかいウンコを全て出し切った感じでスッキリした」と答えたそうです(^.^)