ひたすら映画を観まくるブログ

映画やアニメについて書いています

劇場版『機動警察パトレイバー』はこうして生まれた

劇場版『機動警察パトレイバー』

劇場版『機動警察パトレイバー


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて先日、OVA版『機動警察パトレイバー』が生まれるまでのエピソードを書いたところ、かなりの反響をいただき誠にありがとうございました。

というわけで本日はその続きとして、劇場版『機動警察パトレイバーが生まれるまでの経緯を書いてみたいと思います(前回のエピソードはこちらの記事をどうぞ↓)。

type-r.hatenablog.com

1988年4月から販売が開始された『機動警察パトレイバー』のOVAシリーズは、「近未来の東京を舞台にしたロボットアニメ」という斬新なコンセプトや、「4800円」という(当時としては)破格の価格設定などが話題となり、好調なセールスを記録しました。

その結果を受けてバンダイビジュアルは次の企画を検討。それが劇場版『機動警察パトレイバー』です。

通常は、テレビシリーズがヒットしてから劇場へ…というパターンが多い中、OVAからいきなり劇場版が作られるのは極めて異例と言えるでしょう。でも、いったいどうしてこうなったのか?

実は当初、プロデューサーの鵜之澤(うのざわ)さんは「次はTVシリーズをやろう!」と言っていたのですが、ヘッドギアのメンバーが「TVアニメを1年やったらスタッフがボロボロになる」「その前に映画をやりたい」と言い出したため、先に劇場アニメが作られることになったらしい。

劇場版『機動警察パトレイバー』

劇場版『機動警察パトレイバー

こうして劇場版の企画を進めることになったものの、メンバーの中で一人だけ”やる気のない人物”がいました。それが押井守監督です(笑)。

押井さんはパトレイバーの企画に一番最後に合流したため、レイバーのデザインにもキャラクター設定にも、自分の意見が反映されないことに強い不満を感じていました。

また、プロデューサーも「押井さんが現場に入るとスケジュールや予算をオーバーするかもしれない」と考え、一切現場にタッチさせなかったのです。そのため押井監督は「絵コンテを切った後は音響や編集などの”仕上げ作業”だけしかやらせてもらえなかった」「内心忸怩たる思いがあった」と後のインタビューで告白。

そんな状況だったため、劇場版のオファーが来た時も「後悔するような仕事はやりたくない」と最初は断っていたのです。以下、押井守監督のコメントより。

(劇場版は)仕事としては確かに面白そうだけど、パトレイバーというのは僕の中でテーマとしてすでに終わっていたので、これ以上やりたくない思いが強かった。この素材で何をどうすればいいのか全然わからないし、何となくクオリティを上げて派手にしただけのものだったら別にやりたくないなって、一度は断ったんですよ。

(「機動警察パトレイバークロニクル」より)

ところが、その後に押井さんがトイレに入って一人でボンヤリ考えごとをしていた時、突然「東京湾に方舟(はこぶね)が浮かんでる話ってどうだろう…?」と思い付いたそうです。さらに、「そういえば主人公の名前が野明(ノア)だったな…」と思い出した瞬間にトイレを飛び出し、「やっぱ劇場版やるわ!」と電話したらしい。

こうして劇場アニメ『機動警察パトレイバー』の制作がスタートし、”方舟”のアイデアを脚本家の伊藤和典に話して、伊藤さんがシナリオにまとめていきました。

劇場版『機動警察パトレイバー』

劇場版『機動警察パトレイバー

ちなみに、『パトレイバー』とちょうど同じ頃、OVA『御先祖様万々歳!』も企画が通ってしまい、どっちをやるか悩んだ末に「このチャンスを逃したら二度と実現しないかもしれない」と考え、両方やることにしたそうです。

ただし、『パトレイバー』は劇場用作品なので現場へ行けば豪華な弁当が出たり、コーヒーが飲み放題なのに対し、『御先祖様』は予算がないから「アンパンと牛乳だけ」など、待遇にかなりの差があった模様。

アフレコ現場も、押井監督によると「たぶん日本一安いスタジオだった」とのことで、アマチュアバンドが練習に使っているようなスペースに無理やり機材を持ち込んで録音していたとか。

しかも広さが三畳ぐらいしかないため、ドアを閉め切って作業していたら「酸欠でタバコの火がつかなくなった」そうです(パトレイバーとはエラい違いだなあw)。

御先祖様万々歳!! コンプリートボックス

監督は今回の映画で「高層ビルが立ち並ぶような見慣れた東京」ではなく、古ぼけたアパートや荒廃した町並みなど、普段あまり見たことがない風景を描きたかったそうです。

そのためにカメラマンの樋上晴彦氏とともに船に乗って川を下りながら様々なアングルを見つけ出し、たくさんの写真を撮影。その写真をもとに緻密でリアルな背景を作り上げていきました。

この背景は「二人の刑事が犯人の痕跡を探して東京の町をさまよい歩くシーン」で使用され、劇場版『機動警察パトレイバー』の中でも特に印象的な場面として観客の心を捉えることに成功(川井憲次さんの音楽もいい!)。

劇場版『機動警察パトレイバー』

劇場版『機動警察パトレイバー

そんな本作は、「難解だ」と言われることの多い押井作品の中では比較的エンターテイメント性が強く、パトレイバーファンからの人気も高いのですが、では、どうしてこういう内容になったのでしょうか?

それは、映画の制作前に伊藤和典さんが「3つの誓い」を立てていたからです。

元々OVA版のパトレイバーは予算が少なかったため、「ロボットをきちんと動かせない」「主人公たちの活躍も満足に描けない」という制約の中、「敢えてセオリーを外して番外編的なエピソードを6本作る」という方向性でスタートした企画でした。

その後、幸いにもビデオがヒットしたため、「じゃあ劇場版ではOVAで出来なかったことを積極的にやろう」という流れになり、伊藤さんが以下の「3つの誓い」を宣言したのです。

 

・「遊馬と野明を活躍させる」
・「レイバー同士のアクションを描く」
・「”娯楽の王道”をしっかりやる」

 

すなわち、「OVAではわざとロボットアニメのセオリーを外したことばかりやっていたから、今度はその逆をやってやろう」と考えたわけです。ヘッドギアのメンバーもほとんどこれに賛成。

しかし、ただ一人だけこの案に非協力的な人物がいました。そう、押井守監督です(笑)。

押井さんは元々「ロボット同士のアクションなんて作画が大変だからやりたくない」と考えていたようで、最初に描いた絵コンテでも零式のアクションは最小限にとどめ、クライマックスも「方舟がひっくり返って終わり」みたいなラストになっていました(アッサリしすぎだろw)。

これを見たゆうきさんと出渕さんは「いくらなんでもサービスが無さ過ぎる」「もっとレイバーのアクションを増やして欲しい」と訴え、その結果、零式が作業用レイバーをガンガン壊していくシーンや、朝日が昇ってくる中で野明と零式が対決するシーンなどが追加されたそうです。

劇場版『機動警察パトレイバー』

劇場版『機動警察パトレイバー

しかし、ラストシーンに関して押井さんはいまだに強い不満を抱いているらしく、以下のように語っています。

『パト1』のラストは本当に恥ずかしかった。宮さんじゃあるまいし、遊馬が野明を抱いてクルクル回ったりとか、コンテを切ってるだけで脂汗が出たからね。「やれ」と言われたから仕方なくやったんだけど、本当は嫌だった。

野明がショットガンを撃ちまくって倒れてハァハァ荒い息を吐いてさ、そこにヘリの音が響いたところで終わるべきじゃん。ダメ押しのダメ押しみたいに抱き合って喜んで、最後は俯瞰で引いて引いて…みたいなさ。全部ムダ。

(『押井守監督が語る映画で学ぶ現代史』より)

また、当初の押井監督は帆場暎一なる人間は最初からこの世に存在しなかった」というオチにしたかったらしく、実際にそういう絵コンテも描いていた模様(まあ、押井さんは『ルパン三世』でも同じネタをやろうとしてたしw)。

しかし、このオチに対してゆうきまさみ出渕裕伊藤和典・鵜之澤プロデューサーなど、ほぼ全員が猛反対。「頼むからそれだけはやめてくれ!」と押井監督に詰め寄り、監督も渋々了承したそうです(後で「人に言われてコンテを変えたのは生まれて初めてだ」とブツブツ文句を言っていたとかw)。

なお、「3つの誓い」は押井監督に好き勝手させないように、わざと伊藤さんが提言したらしく、以下のようにコメントしています。

劇場版のシナリオを書くにあたって自分の心構えみたいなものとして、何となくそういうことは以前から考えていたんですが、それを打合せの席で思い付いて「3つの誓い」という言葉にして押井守を縛ったんです(笑)。まあ押井さんは嫌だったでしょうね。いまだに言ってますから、「帆場はいなかったというオチにしたかった」って(笑)。気持ちはわかるけど、パトレイバーでやらなくてもいいじゃんって。それはどう考えても”王道”じゃないですよね(笑)。

(「機動警察パトレイバークロニクル」より)

こうして劇場版『機動警察パトレイバー』は、笑いありサスペンスあり謎解きありロボットバトルありの(押井作品にしては珍しく)非常にバランスのいい内容で、まさに「誰でも楽しめる王道の娯楽アニメ」として完成。1989年7月に全国で公開されました。

結果、第7回日本アニメ大賞にて大賞を受賞し、「まだ一般にネットが普及していない89年の時点でOSやサイバー犯罪の脅威をこれだけリアルに描いた点は特筆すべき」など、現在に至るまで高い評価を獲得し続けています。素晴らしい!

劇場版『機動警察パトレイバー』

劇場版『機動警察パトレイバー

なお、「キャラクターの顔がOVA版と全然違う件」については賛否両論あったようで、最初の映像が出来上がった時、社内で大問題になったらしい(押井さんが勝手にキャラ変更の指示を作画監督に出していたため)。以下、押井監督のコメントより。

それで、みんなひっくり返っちゃったわけ。「野明が全然かわいくない!」って大騒ぎになって、緊急招集がかかっちゃった。僕は「全部それで作業進んじゃってるよ」って。もちろん、直す気なんて全然なかったから、知らぬ存ぜぬの一点張りで、「これでいいじゃないか、どこが悪いんだ」って完全に開き直った。伊藤くんも「う~ん、困ったねえ」とか言いながらニコニコしてた。結局、どういうふうに落とし前をつけたのか知らないけれど、ああいうことになった、結果的に。

ロマンアルバム押井守の世界」より)

さすが押井守、普通の人にはできないことを平然とやってのけるッ!(そこにシビレないし全然あこがれないけどw)

というわけで、この4年後に続編となる機動警察パトレイバー 2 the Movie』が公開され、1作目以上に押井監督が暴走しまくった結果、ファンの間でも色々と物議を醸すことになるんですが、その話はまた別の機会に書きたいと思います。