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実写版『岸辺露伴は動かない』はなぜ成功したのか?

実写版『岸辺露伴は動かない』

実写版『岸辺露伴は動かない


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて昨日、NHKで実写ドラマ版岸辺露伴は動かないの最終話が放送されました。本作は28日から3夜連続で放送がスタートした番組で、第1話「富豪村」、第2話「くしゃがら」、そして最終話となる第3話「D.N.A」のそれぞれが高く評価され、ファンからも概ね好意的な反応を得たようです。

とても素晴らしいことですが、この結果は正直ちょっと意外でした。

なぜなら、この手の実写化(つまり人気漫画やアニメを実写映像化する際)は、ファンから厳しく批判され、中には炎上する例も多数あったからです。実際、三池崇史監督がジョジョの奇妙な冒険』第4部「ダイヤモンドは砕けないを実写化した時は激しい賛否両論が巻き起こり、興行的にも失敗し、続編の計画も白紙となってしまいました。

しかし、ジョジョのスピンオフ作品である『岸辺露伴は動かない』の実写化は非常に評判が良く、批判どころか早くも「続編を観たい!」との声まで上がっているそうです。いったいこの差は何なのでしょうか?

まずキャラクターについて、高橋一生が演じた岸辺露伴は(もともと本人がジョジョの大ファンだったこともあり)原作の雰囲気を上手く再現していて「まさに岸辺露伴そのものだ!」とファンも絶賛している模様。

しかし、その姿は(特徴的なバンダナを除けば)髪型も服装も原作を完全に再現している…というわけではありません。どちらかといえば普通の外見に近く、「そのまま街を歩いてもギリギリ違和感が無さそうなレベル」と言えるでしょう。

それに対して実写版『ダイヤモンドは砕けない』の方は、東方仗助の髪形を完全に再現し、アクセサリーや服装も可能な限り原作に近付けた結果、明らかにコスプレ感が増してしまい、かなりの違和感が漂っていました。

実写版『ダイヤモンドは砕けない』

実写版『ダイヤモンドは砕けない

これはジョジョだけに限った問題ではなく、「漫画やアニメを実写化しよう」となった際には、必ず「どれだけキャラが似ているか?」に注目が集まり、それ故に作り手側も「原作の完全再現」にこだわってしまうのです。

しかし、あまりにもそこに注力し過ぎると(実写化する作品にもよりますが)「とんでもなくダサいキャラクターが爆誕する」という悲劇が待ち受けているのですよ(もともと漫画のキャラは実写化を想定して描かれていないので)。

つまり、原作キャラのどこをどういう風に再現すればいいのか、”解釈”の仕方によって出来栄えが大きく違ってくるわけで、必ずしも漫画そっくりの外見にすることが正解ではないのです。

そしてこれは、ストーリーや設定についても同様のことが言えるでしょう。

例えば、実写版『岸辺露伴は動かない』では”スタンド”の設定を敢えて変更し、ヘブンズ・ドアーを「露伴だけが持っている特殊能力」と解釈してスタンド自体の姿も描いていません(この実写版では”ギフト”と呼称し、”スタンド”という概念そのものが存在しないらしい)。

こうすることによって”スタンド”の説明が省けるし、『ジョジョ』を知らない視聴者にも「人を本にして心を読み取る超能力なんだな」と理解させることが出来たわけです。こういう”再解釈”というか、アレンジの仕方が実に上手いですよねえ。

よく「原作と違うからダメだ」とか「オリジナルの要素を入れるんじゃあない!」などという批判を耳にしますが、ダメな理由はそこじゃないんですよ。どんなに原作と違っていても、面白くなっていればそれでいい。大事なことは、原作に対するリスペクトを持ち、「読者が面白いと思ったポイント」を見極め、その”感動”を再現することなのです。

というわけで人気漫画を実写化する際は、原作を読んだ時に感じた魅力をしっかり味わえるような作品にして欲しいですね(^.^)