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『魔女の宅急便』の監督は宮崎駿じゃなかった?アニメ制作の意外な裏話!

魔女の宅急便

劇場アニメ『魔女の宅急便


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて本日、金曜ロードSHOW!で劇場アニメ魔女の宅急便が放送されます。誰もがよく知る宮崎駿監督の人気作品なんですけど、実は「もともと宮崎さんが監督する予定じゃなかった」ということをご存知でしょうか?

宮崎監督はそれまで(『ナウシカ』や『ラピュタ』や『トトロ』など)自分で考えたオリジナル作品を作っていたのですが、『魔女の宅急便』は初めて外部から持ち込まれた原作付きの企画で、ヤマト運輸がタイアップすることも最初から決まっていたそうです。

ただし、角野栄子さんが書いた同名の児童文学のアニメ化ということでジブリ側は乗り気だったものの、当時は『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の制作が始まったばかりで、宮崎監督も高畑監督も時間が取れませんでした。

そこで宮崎さんはプロデューサーとして参加し、別の若手スタッフが制作現場を担当するという方向で話がまとまったのです。そして監督に抜擢されたのがなんと…片渕須直さん!

片渕監督といえば、2016年にクラウドファンディングで調達した資金を元に『この世界の片隅に』を制作し、口コミで評判が広まり大ヒットを記録。さらに昨年は約40分の新作映像を追加した『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を公開し、これまた話題になりました。

この世界の片隅に

当時の片渕さんは、宮崎さんが監督した『名探偵ホームズ』の脚本を書いたり、高畑勲監督の演出助手として『リトル・ニモ』に関わるなど、様々な仕事を任されていたため「あいつがいいんじゃね?」みたいな感じで指名されたらしい。その時の状況は…

 

1988年のある日、片渕さんのもとへ鈴木敏夫さんから「ちょっと話したいことがある」と電話がかかって来ました(ちなみに、この頃の鈴木さんはジブリではなく、まだ徳間書店に所属していた)。

片渕さんが指定された喫茶店へ行くと、「実はこういう原作が持ち込まれて…」と『魔女の宅急便』の本を渡され、「君に監督して欲しい。どうすれば上手くアニメ化できるか、検討してもらえないだろうか?」と言われたそうです。

片渕さんにとっては初監督なわけで、「ついに来たか!」という感じだったことでしょう。しかし、プロデューサーはあの宮崎駿ですから全く油断できません。案の定、片渕さんが『魔女の宅急便』を読んで、どういう風にアニメ化したいか簡単な企画書にまとめて提出すると、「君はこの原作を何も理解してない!」とメッチャ怒られたらしい(笑)。

実は、片渕さんは「ラストにもう一つ盛り上がりが欲しいな」と考え、「近くの海で船が難破し、取り残された人々をキキが救出する」という原作には無いエピソードを付け加えたのです。ところが、それを読んだ宮崎監督は「この物語は主人公の通過儀礼が全てなのであって、アクションを伴う派手なクライマックスなど盛り込む必要はない!」と猛反対。

仕方なく片渕さんはその案を引っ込めたんですが、しかし完成した映画を観ると「突風に流された飛行船からトンボを救出する」という原作には無い派手なクライマックスがラストに追加されてて、「どういうことだよ?」と思わざるを得ないんですけど(笑)。

魔女の宅急便

劇場アニメ『魔女の宅急便

まあ、そんな感じで宮崎さんの意見がどんどん増えていき、結局シナリオも宮崎さんが書くことになり、現場のスタッフも宮崎さんが指名し、ロケハンの場所やスケジュールも宮崎さんが決めて、最終的には絵コンテも宮崎さんが描くことになりました(ちなみにロケ場所はスウェーデンに決定)。

ところが、いざロケハンに行こうとしたら費用がないことが発覚。当時のスタジオジブリは『ラピュタ』と『トトロ』と『火垂るの墓』しか実績がなく、しかもその全てが(今では高く評価されているものの)劇場公開時はあまりヒットせず、会社にお金が無かったのです。

そこでロケハンに行く費用を捻出するため、撮影が終わった『トトロ』のセル画を売ることになりました(ちなみに『ラピュタ』が終わった時もスタジオの維持費を稼ぐためにセル画を売っていたそうです。当時はゴミとして処分していたので「こんなものが売れるのか?」みたいな感覚だったようですが、今なら大変な”お宝”でしょうねえw)。

 

こうして片渕さんは何とかスウェーデンに行くことが出来たのですが、日本へ帰って来て、いよいよ本格的に『魔女の宅急便』の制作に取り掛かろうとした矢先、とある企業の偉い人から「当方としては”宮崎駿監督作品”以外のアニメに出資するつもりはない」とハッキリ告げられてしまったのです!えええ…

片渕さんは具体的な企業名を明かしていませんが、「このスポンサーが参加してくれなければ『魔女の宅急便』の企画自体が成立しなくなる」と証言しているので、恐らく「ヤマト運輸」のことでしょう(笑)。

つまり片渕さんは、大手スポンサーのヤマト運輸から「知名度の無いあなたが監督しても、うちは一切お金を出さないよ」と言われてしまったんですね(当時まだ28歳ぐらいだったので、経験不足等も要因かもしれませんが)。

そしてスポンサーとの打ち合わせ後、片渕さんは鈴木さんと相談し、監督を辞退することを決断。ただし鈴木さんは片渕さんを「あなたはこの作品に最後まで立ち会うべきだ」と言って引き止め、”演出補”として現場に残ることになったそうです。せっかく監督できるチャンスだったのになあ…

 

ちなみに、”演出補”とはどんな仕事なのでしょう?片渕さんによると「割と幅が広くてとらえどころが無いんですけど、今回の『魔女の宅急便』の場合は”カメラワークを決める”というのが主な仕事でした。カメラや撮影台をどう動かすか?背景を動かすスピードはどれぐらいか?透過光などの効果をどう使うか?そういったことを一つ一つ決めていく作業です」とのこと。

さらに、片渕さんは宮崎駿の演出スタイル”について以下のように説明しています。

演出というのは、乱暴な言い方をするとストーリーなどは二の次で、まず最初に「こういう時はこうするんだ」という法則を立て、それに従って物語を展開させていくことだと思うんです。実は、これは宮崎さんと一緒に仕事をしている時に気付いたことで、宮崎さんの仕事の進め方っていうのが、まさにそれなんですね。カット頭6コマで何かが始まるとか、フォロースピードが何ミリとか、6コマ以上のオーバーラップは無しとか…。

ストーリーの作り方や構成そのものにも宮崎さん独特の法則があるんですけど、それ以上に”テクニック上の法則”が色々あって、こういう場合にはこうなんだという法則を、引き出しとしてたくさん持っている方なんですね。ですから今回は、今まで自分なりに作ってきた法則と、宮崎さんから学んだ法則を実際に確認できてよかったです。 (『ロマンアルバム・エクストラ 魔女の宅急便』より)

 こうして監督を降板した片渕さんは、”演出補”として『魔女の宅急便』に関わることになったのですが、制作中にも様々なトラブルが勃発!中でも特にひどかったのが「セルの傷」でした。

元々セルは作業時に傷が付きやすく、スタッフも普段から注意してるんですが、『魔女の宅急便』の時は納品された新品のセル自体が不良品で、しかも傷が微小で気付くのが遅れ、すでにかなりの枚数を彩色した後に発覚!という最悪の状況だったらしい。

セルの小さな傷は肉眼で見つけるのが極めて難しく、撮影時に照明が当たってハレーションが出ることで初めて分かるケースも少なくありません。不良箇所を発見するために仕上げの女性たちが必死でチェックするものの、眼精疲労で目が開かなくなる人が続出!結局、透明部分に傷が入った彩色済みセルが大量に出来てしまいました。

不良品は、彩色作業に入っている1万枚と仕上げが完了した2万枚、合わせて3万枚にもおよび、「このセルどうする?」「全部破棄して作り直すのか?」「そんな時間も金もないぞ!」などと大騒ぎになり、スタジオジブリ創設以来の大ピンチに陥ってしまったのです。

 

そんな大混乱の中、颯爽と一人のスタッフが立ち上がりました。それが、片渕須直さんです!「一体どうするんだ…?」と不安げに見つめる他のスタッフたちの前で、おもむろにハサミを取り出した片渕さんは、なんとセルを切り抜き始めたのです!えええええ~!?

要は「完成済みの不良セルから傷付いた透明な部分を全部切り離し、”絵”の部分だけを別の新品セルに貼り付けて撮影する」という方法なのですよ。なるほど、これなら彩色済みのセルも無駄になりませんね……ってメチャクチャ面倒くさい!

※例えばこういうセルの場合、「キキの輪郭線に沿って絵を切り抜く」というわけです↓

魔女の宅急便

劇場アニメ『魔女の宅急便

セルに描かれたキキの髪の毛とか、またがっているホウキの先端とか、細かい部分をハサミで丁寧に切り取る作業はまさに「切り絵」と同じで、非常に手間がかかります。しかも切り抜いたセルの断面は撮影時にライトが当たると反射して光るため、いちいち黒のマジックで塗りつぶしていたという(1枚やるだけでも大変そう…)。

さらに、切り抜いたセルを新しいセルに両面テープで貼り付ける際、ちょっとでも位置がズレたら動きがガタつくため、1ミリもズレることなく完璧に元の絵と一致させなければならないのですよ。うわあああ!超面倒くせえええ!

しかし片渕さんは、この面倒な作業を「僕が一生懸命貼り直せば、その分だけ仕上げで塗り直す人の苦労を減らせるんだ!」と自分に言い聞かせながら黙々と続けたらしい。こうして『魔女の宅急便』はなんとか完成し、奇跡的に公開日に間に合ったのです。う~ん、すごい!セルアニメの時代にはこういう苦労があったんですねえ。

 

なお、映画の完成後に吉祥寺のホテルで打ち上げパーティが開かれ、片渕さんも参加したのですが、なぜか宮崎駿高畑勲鈴木敏夫という濃い面子のテーブルに座らされ、「次の映画はどうしよう?」という話になりました。

その席で「先日、音響監督の斯波重治さんからこれを提案されて…」と出て来たのがおもひでぽろぽろの単行本(実は、『魔女の宅急便』の監督に片渕さんを推薦したのも斯波さんだったらしい)。

しかし、「これはもしかして…」と何かを察した片渕さんはその話をスルー。「なぜ自分がこのテーブルに呼ばれたのかは知らないが、この先もジブリで誰かの演出補を続けていくつもりはなかったので」とのこと。

その後、『おもひでぽろぽろ』は高畑勲監督作品として制作されるわけですが、もしあのまま片渕さんがテーブルで3人の話に乗っていたら、何らかの形で『おもひでぽろぽろ』に関わっていたのかも…。まあ、それがいいことなのかどうなのかは分かりませんが(^^;)

 

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※今回の記事を書くにあたり、以下の書籍を参照させていただきました