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『私の頭の中の消しゴム』映画感想(ネタバレあり)


■あらすじ『建設会社の社長令嬢のスジンソン・イェジン)は、天真爛漫なお嬢様。建築家志望のチョルス(チョン・ウソン)とコンビニで運命的に出会い、二人はすぐに恋におちてしまった。温かい家族に囲まれて育ったスジンと違い、チョルスは孤独に生きてきた男だったが、スジンの献身的な愛に結婚することを決意。二人は晴れて新婚生活を迎える。建築士の試験にも受かり、幸せいっぱいの二人だった。しかし、スジンはある時から、物忘れがひどくなり、自分の家への道順すら忘れてしまうようになってしまった。そして病院へ行ったスジンは、若年性アルツハイマー症だと診断される。楽しかった夜も、嬉しかった朝も、全ての記憶が彼女から失われていく。死よりも切ない別れ…。彼女の記憶が消える時、愛までも消えてしまうのだろうか。その時、ふたりの愛が試される…!』



本日BSフジで放映される『私の頭の中の消しゴム』は2005年11月に韓国で公開され、3週連続興行ランキングNo.1に輝き300万人を動員した大ヒット映画です。公開当時、僕は映画館で観たんですが、劇場内はOLとカップルと年配のおばちゃんでまさに鮨詰め状態でした。

しかも僕の真後ろに座っていたおばちゃんが冒頭20分で早くも泣き始めたのでもうビックリ仰天。まだ泣くところじゃないだろ!フライングするにもほどがありますよ、トホホ。

エターナル・サンシャイン』や『50回目のファースト・キス』や『きみに読む物語』など、“記憶”をテーマとして扱った映画は結構多く、本作もその一つ。ただし、元ネタは昔日本で放映されていたTVドラマで、緒形直人永作博美が主演した『Pure Soul〜君が僕を忘れても〜』を原作としたリメイクらしい(僕はオリジナルを見た事が無いので、どんな物語か全然知らなかった)。「まあ、どうせいつものコテコテ韓国恋愛ドラマだろ」と高をくくっていたら…

いや〜、凄い映画ですよコレは!「前半の展開が長い」とか「医者がムツゴロウさんに見えてしかたがない」とか、正直不満も色々あるけど、そんな些細な問題など軽く吹き飛ばすぐらい主演の二人が素晴らしい。はっきり言ってストーリーそのものはベタ。たいして目新しいネタでもないし、ドラマに捻りがあるワケでもない。

だけど、「ベタで何が悪いんだ!?」という開き直りすら感じさせるストレートな物語が逆に清々しく、シンプルな構成故に二人のキャラクターがより一層引き立っているように思います。最初は「ずいぶんかったるい映画だな〜」と、ポップコーンを貪り食いながら余裕をぶっこいて観ていたのですが、ふと気が付くと涙でスクリーンが滲んで何も見えない状態に!ウワアアアン!

この映画の場合、ストーリーがどうのこうのというよりも、二人が泣くシーンに引っ張られて“観客ももらい泣きする”という感じですね。どんなシチュエーションなのか分かっていて、実際に泣いている登場人物を見ていると、つられて思わずこっちも泣いてしまう。

そういう意味では、「ドラマを観る」というよりも、「体感する」映画に近いのかもしれない。とにかく、感情移入の度合いがハンパじゃない。普段の僕なら「ソン・イェジン、可愛いな〜」とか思いながら観ているんですけど、今回はチョン・ウソンのカッコ良さにしびれまくり。

無口でぶっきらぼうで、「俺は母親に捨てられてから、ずっと一人で生きてきたんだ。家族なんかいない!」と孤独を背負って強がるチョルス。だが、そんな彼もスジンと出会い、人を愛する事の素晴らしさを知ってしまう。

しかし、彼らを待ち受けていたのは“アルツハイマー”という残酷な運命だった。「決して人前では泣かない」と誓ったチョルスが堪え切れずに涙を流すシーンは、迫真の演技と相まってまさに“泣きのツボ”を突きまくる!以下、それらの名場面を挙げてみます。


●号泣シーンその1:「バッティングセンターでの会話シーン」

スジンがチョルスに「私の頭の中に消しゴムがあるんだって」と病気の事を告げる。

スジン: 「もう優しくしないでいいよ…。どうせ全部忘れちゃうから…」
チョルス:「君が忘れても、俺が全部覚えていてあげるよ」
スジン: 「記憶がなくなるのは、魂がなくなるってことなのよ!」
チョルス:「……魂は消えない。俺が君の記憶で、君の心になるから……!」

恥ずかし過ぎる名セリフの波状攻撃に、僕の涙腺は緩みっぱなしです。


●号泣シーンその2:「スジンの手紙を読むシーン」

日に日に記憶が無くなっていく事を自覚したスジンは、「これ以上、愛するチョルスを苦しめたくないから」と、一通の手紙を残して姿を消す。その手紙には、彼女の想いの全てが込められていたのだった。

チョルス、愛するチョルス。ごめんなさい、本当にごめんなさい。
あなたは今、泣いてるでしょ?
傷つけたくないのに…
泣かせたくないのに…
悲しむ姿は見たくないのに…
幸せにしてあげたいのに…。


私があなたを苦しめているのね。私はあなたを愛してる。
私が覚えてるのはあなただけ。
私の気持ちのすべてを言葉にしたいのに、私の心のすべてを伝えたいのに、
記憶が確かなこの僅かな時間に、どう伝えたらいいのか焦ってしまう。


あなたに出会えたことは、人生で一番の幸せ。
あなたは神様がくれた一番大切な贈り物。
記憶は失われるけれど、あなたは私の体に息づいている。
あなたのように笑って、泣いて、香りを漂わせているの。


たとえ記憶が消えても、私の中のあなたは消えないわ。
私の記憶を奪っていくこの病気が、あなたの記憶だけは残してくれますように。
それが叶わないなら、
どうか、消えていく記憶の中で最後まで残っているのが、
あなたと過ごした日々でありますように…

彼女の優しさと切なさがいっぱいに詰まったその手紙を読んで、激しく嗚咽するチョルス。つられてこっちもむせび泣く。こんなの見せられたら、そりゃあ泣きますよ!


●号泣シーンその3:「スジンと再会するシーン」

やっとの事でスジンを捜し当てたチョルスだったが、既に彼女は彼の事を覚えていなかった。「泣いてるの?」とスジンに聞かれ、慌ててサングラスかけるチョルス。だがその唇は震え、溢れ出る涙を止める事はもはや出来ない。この時点で、完全に“決壊したダム”のようになってしまった僕の涙腺はギブアップを宣言。参りました!



というわけで、エンドテロップが終わってからもしばらく劇場内にすすり泣く声が聞こえていた本作ですが、正直映画自体の完成度はそれほど高くないと思います。厳しい映画ファンからも、「チョルスの母親といつの間に仲直りしたんだ?」とか、「アルツハイマーが進行している患者を、あんな風に外へ連れ出せるハズがない」とか、「チョルスの暴力描写が酷すぎる」など、色々とツッコミを入れられている様子。

その指摘は確かに正しいでしょう。でもこの映画の場合、リアリティに重きを置いて作られているわけじゃないんですよ。まるでファンタジー映画を思わせるようなエンディングを見てもその事は明らかです。

「ここは天国ですか?」 と尋ねるスジンに 「そうだよ」と答えるチョルス。決してハッピーエンドではないけれど、かと言って100%絶望的でもない不思議なラストシーン。あくまでも、主人公はかっこ良く、ヒロインは可愛く、そして物語はただひたすらに美しく、全てにおいて“ある種の理想”で統一されている世界観。

でもそれがイイのですよ。理想化された虚構の世界観を楽しむことがこの映画の本質なのだから。それらの全てを受け入れてシチュエーションに身を委ねれば、メチャクチャ泣ける映画だと思います。

ちなみに、公開時には劇場前の立て看板に観た人の感想が書かれてたんですよね。自分がいかにこの映画で感動したかを色んな人が書き綴ってるんですけど、それが凄すぎてちょっとビックリ。「マスカラが落ちるくらい泣きました」とか「ハンカチがビショ濡れになるくらい泣きました」などはまだいいとしても、「鎖骨に涙がたまるくらい泣きました」ってなんなんだ(笑)。いくらなんでも泣きすぎでしょ(^_^;)


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