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押井守監督作品『スカイ・クロラ』ネタバレ解説


どうも、管理人のタイプ・あ〜るです。

今晩22時からWOWOW「闘う押井守と題し、『ガルム・ウォーズ』『スカイ・クロラ』『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』『イノセンス』『機動警察パトレイバー 劇場版』『機動警察パトレイバー2 the Movie』『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦 ディレクターズカット』が連続放映されます。

「いったいWOWOWは何故こんなに押井守をフィーチャーするんだ?」と思わざるを得ませんが(笑)、ファンにとっては嬉しい状況と言えるでしょう(でも、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』が入ってないのは残念だなあ)。

というわけで本日は『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』について書いてみたいと思います(『イノセンス』『ガルム・ウォーズ』『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』については過去記事をご覧ください。『パト1』『パト2』についてはそのうち記事を書くかもしれませんw)。


■あらすじ『ヨーロッパの前線基地、兎離洲(ウリス)に配属された戦闘機パイロットのカンナミ・ユーイチ(加瀬亮)。彼にはこの基地に赴任する前の記憶がなく、分かっているのは自分が思春期の姿のまま、空で死なない限り生き続ける“キルドレ”であることと、戦闘機の操縦法だけだった。そしてユーイチは、ミステリアスな女性司令官クサナギ・スイト(菊地凛子)に惹かれていく。果たして彼女は何者なのか?そしてキルドレたちが背負った、悲しく切ない宿命とは?全ての謎が解き明かされた時、ユーイチは自分たちに課せられた残酷な真実を知ることになる…!』


原作はベストセラー作家・森博嗣による同名人気シリーズで、見世物としての”戦争”が行われている世界を舞台に、思春期の姿のまま戦闘機のパイロットとして永遠に生き続ける”キルドレ”と呼ばれる者たちの姿を、叙情的な世界観で綴ったSFスカイ・アクションです。

僕は公開時に劇場で鑑賞したんですが、『スカイ・クロラ』を観てまず感じたことは「従来の押井守のスタイルからかなり変化してるな〜」ってことでした。特に顕著なのは、アニメ作品には珍しい「長回し」を多用している点でしょう。つまりワンカットが異常に長いんですよ。

通常の劇場用長編アニメーションでは、2時間の作品でカット数がだいたい1500〜2000カットぐらいなのに対し、『スカイ・クロラ』は(カット割りの多い空戦シーンを含めても)わずか840カットしかありません。

「カット数が少ない」ということは「ワンカットにかかる時間が長い」ということで、アニメの平均的な秒数がワンカットあたり5〜10秒程度とされる中、なんと「150秒」という常識では考えられないような長いカットまで存在しているのですよ!

また、本作はこれまでの押井作品と比較して、極端に台詞が少ないことも大きな特徴でしょう。なんせ「押井守といえば長ゼリフ」と言われるぐらい、毎回長ゼリフを多用していることで有名ですからね(笑)。

そんな”長ゼリフ大好き監督”の作品なのに、キャラクターが一言二言会話した後、数十秒にも渡って沈黙が画面を支配するカットもあったり、全編に渡って恐ろしいぐらいの”間”を取っているのです。

これまで、長大で難解な長ゼリフを駆使してひたすら時間と空間を埋めてきた独特の押井節を、今回は文字通り封印しているのですよ(「セリフの少ない押井守作品」ってかなり珍しいんじゃないかなw)。

しかし、おそらくは日本のアニメーション史上初めての困難な演出的試みに挑戦することとなったアニメーターたちは、想像を絶する苦労を強いられたそうです。

この難問に立ち向かったのが、キャラクターデザイナーを兼ねた作画監督西尾鉄也さんでした。作画監督とは、手分けして作業される原画を全てチェックし、キャラの表情やカットの繋がり等を考えて取りまとめる、いわば”作画面の最高責任者”です。

ただし、劇場クラスの作品では、その膨大な作画枚数をこなすために、複数の作画監督を立てることが多いのですが、『スカイ・クロラ』では西尾さんがたった一人で全カットを担当。なぜそんなことになったのでしょう?

実は押井監督の作品って、他の劇場用映画と比較しても驚くほど作画枚数が少ないんですよ。これは、レイアウトを重視する演出法により、キャラクターが止まった状態(トメ)で独自の表現を確立してきたからです。

押井監督自身も、「僕の映画の凄いところは、気が付くと絵が止まっていることだ」と堂々と述べているぐらいですから、当初は西尾さんも「まあ、押井さんの映画は作画枚数が少ないし、自分一人でも何とかなるだろう」と余裕をぶっこいていたらしい。

ところが、『スカイ・クロラ』において押井監督は、電話を取る微妙な動き、タバコを取り出して火をつけるまでのたっぷりとした間、犬と戯れる少女の無邪気な走りなど、徹底してキャラに「演技」させることを要求しました。

映画の中に「時間」を発生させ、キルドレたちの抱く「気分」や「雰囲気」をセリフに頼らずに伝えるために、繊細な動きが必要だったからです。しかし、そのせいで『スカイ・クロラ』の作画枚数は、過去の押井作品中でも異例の分量に達することになったのです。

おまけに押井監督の要求は日を追う毎にエスカレートし、「キャラが止まっている時にも無意識の演技をさせろ」などの意味不明な指示まで飛び出す始末(西尾さんは「止まっているのに動かせってどういうこと?まるで禅問答だ」と困惑したらしい)。

これは、「実際の人間は”完全に止まっている状態”というのは有り得ない。呼吸もするし、まばたきもする。止まっているように見えても、必ず体のどこかが動いているんだ。それを表現したいんだよ」という意味だったようです。

確かに、映画を注意深く見てみると、キャラは止まっていても微妙に肩の部分が動いていたり、髪の毛が僅かに揺れていたり、常に何かが動いていることがわかります。しかし、これを実際に描かねばならないアニメーターたちの苦労たるや尋常ではありません。

押井監督の要望に応えるために集められた原画マンは50人にも及び、各々が業界を代表するベテラン揃いでしたが、作業が始まった途端「どうやってキャラクターに演技をさせればいいのか解らない!」などの苦情が殺到した模様。

当然ながらそのしわ寄せは全て作監の西尾さんに降りかかり、作画枚数の増加に伴って制作スケジュールは遅れに遅れ、描いても描いても終わらない無間地獄に突入!

製作現場は空前絶後の修羅場と化し、2008年3月(最終仕上げ段階)に至っては、スタッフ全員丸2週間スタジオに泊り込み、24時間不眠不休の突貫作業を余儀なくされたそうです(西尾さん曰く、「死ぬかと思った」とのこと)。

最終的に『スカイ・クロラ』の総作画枚数は5万枚近くに達したものの、それだけの苦労をかけた成果は何か?といえば、「キャラが止まっているように見えて実は微妙に動いている」という、恐ろしく地味な画面だけだったのです、トホホ。

加えて、動きを優先させる為にわざとキャラの線を減らし単純化しているので、”二重の意味でビジュアルが地味”という問題が発生しており、今まで以上に爆睡必至の状況となってしまいました(困ったもんだw)。

その一方、レシプロ機同士が織り成す見事なドッグファイトは全て3DCGで描かれており、実写と見紛うばかりのリアルな描写が圧倒的なド迫力を生み出しています。

さらに、ジョージ・ルーカス率いる世界最高峰の音響スタジオ「スカイ・ウォーカー・サウンド」で制作された素晴らしい効果音と相まって、とてつもない臨場感を醸し出すことに成功。

すなわちこの映画は、「地上のシーンで睡魔に襲われ、空中戦のシーンで眼が覚める」という、極端から極端へ走るようなシチュエーションの連続で構成されているのですよ(疲れるなあw)。

おまけに、キャラクターを演じる声優陣にも若干問題が…。元々、押井監督は声優の技術を高く評価していて、これまでの作品でも(サブキャラクター以外は)プロの声優を使っていました。

押井さん曰く「制限された尺の中で、ぴったりセリフを合わせることができる日本の声優は、世界的に見ても非常にスキルが高い」と絶賛し、一貫して声優を使う事にこだわってきたのです。

ところがなんと、『スカイ・クロラ』ではメイン・キャラのほとんどを役者が演じることになりました(宮崎駿監督もプロの声優の”芝居がかった喋り方”が嫌いで主に役者を起用していますが、宮崎監督と同じやり方を試したのかな?)。

まあ、それは別に構わないんだけど、せめてセリフをちゃんと喋れる人をキャスティングしてもらいたいんですよ。いや、菊池凛子さんのことなんですが(笑)。彼女の”女優”としてのスキルはともかく、”声優”としてはどう考えても適任とは思えず、非常に残念でした。

ちなみに、他の役者さんはどうか?といえば、まず函南優一を演じた加瀬亮さんは(好みが別れるかもしれませんが)、ぼそぼそ〜っと喋る独特のテンポが個人的には良かったと思います。

それから、土岐野尚史役の谷原章介さんも、すでに『ベクシル』などで声優経験があるためか非常に安定しており、キャラにもぴったりでした。

でも一番驚いたのは、栗山千明さんですね。声優初挑戦にもかかわらず、メチャクチャに上手い!最初はプロの声優が演じているのかと思ったほどで、意外な才能を発揮していますよ(ちなみに、本人は重度のアニメオタクらしいw)。

一方、可哀想なのは『パト2』や『イノセンス』など押井作品の常連と化している竹中直人さん。4年ぶりの押井守作品ということではりきってスタジオ入りしたのに、演じるマスターの出番はわずか2シーンのみ(セリフはたったの一言)。台本を受け取るやいなや、「監督!俺のセリフ、これだけですか!?」と押井さんに詰め寄ったそうです(笑)。

さて最後に総合評価なんですが、実はこの『スカイ・クロラ』って「若者向けの映画」なんですね。今回、押井守監督はハッキリ「今の若い人たちに観てもらうためにこの映画を作った」と公言しているんです。

そのため、森博嗣のヒット小説を原作とし、脚本を『世界の中心で愛をさけぶ』の伊藤ちひろに依頼し、『バベル』でアカデミー賞にノミネートされた菊池凛子を起用するなど、完璧な布陣で制作。

さらにアクションシーンを増やして、自らの武器である”長ゼリフ”まで封印するなど、最大限エンターテイメントに徹するという”大幅なスタイル変更”で本作に挑みました。そこまでして押井守監督が若者たちに伝えたかったものは何か?っていうと、”人生”なんですよ。

スカイ・クロラ』に出て来るキルドレたちは、自分たちが何のために生まれて何のために戦っているのか分からないまま、同じような毎日を生きている。それは、「まさに今の若者たちの間に蔓延している空気そのものじゃないのか?」と。

そして、主人公の函南優一は「いつも通る道は同じかもしれないけれど、見える景色は違うはずだ」と言って、最強の敵である”ティーチャー”に戦いを挑み、最後は死んでしまいます。しかし、エンディングの後に再び帰って来るんですよね。

つまり、「人生とは同じことの繰り返しで退屈に思えるかもしれないけれど、生まれて来た意味や戦う意味が分からなくても、自分で意味を見出すことは出来るんじゃないの?」「大事なのは、自分の意思で何かを成し遂げること」「負けてもまたやり直せばいいんだよ」ってことらしい。

結果的に『スカイ・クロラ』は、押井守監督が一番観て欲しかった若い人たちにはあまり観てもらえなかったようですが、作品自体は「今のところ自分にとってピークであり、間違いなく一番上手くできた映画だ」と満足しているそうです。世間の評価は……まあ、色々アレですけどね(^_^;)


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