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宮崎駿監督作品『となりのトトロ』にはこんな恐ろしい真実が隠されていた?都市伝説の謎を暴く!


■あらすじ『小学3年生のサツキと5歳になるメイは、入院中のお母さんを空気のきれいな家で迎えるために、お父さんと一緒に都会から田舎の一軒屋にと引っ越してきた。ある日、メイは庭で2匹の不思議な生き物と遭遇。それはトトロというオバケで、メイが後をつけると森の奥では、さらに大きなトトロが眠っていた。その頃、お母さんの回復が遅れ、退院が延びるという知らせが届く。どうしてもお母さんに会いたいメイは一人で山の向こうの病院を訪ねようとするが、途中で道に迷ってしまった。サツキは村の人たちとメイを探すが見つからないので、トトロに助けを求める。果たして、二人は無事にお母さんに会えるのか…?田舎に引っ越してきた子供たちと、そこに住むオバケたちの心のふれあいを描いた宮崎駿のファンタジー・アニメーション!』


本日、金曜ロードSHOWで『となりのトトロ』が放映されます。言わずと知れた宮崎駿監督の代表作で、抜群の知名度を誇る大人気アニメーションですよ。1988年の劇場公開時はあまりヒットしなかったものの、キネマ旬報が主催する「日本映画ベストテン」で第1位を獲得するなど、その年のあらゆる映画賞を総なめにしました。

また、ビデオソフトが190万本の驚異的なセールスを記録し、DVDがオリコンチャートで前人未到の500週連続ランクインという快挙を達成。更に、日本テレビでは過去12回にもわたって繰り返し再放送しているにもかかわらず、常に20%前後の高視聴率を叩き出すなど、「何回『トトロ』を見れば気が済むんだよ!」と他局の関係者を呆れさせるぐらい、凄まじい人気を維持し続けている驚異的な作品なのです。

しかし、そんな『となりのトトロ』に、奇妙な噂話があることをご存知でしょうか?表向きのストーリーとは別に、「サツキとメイにはもう一つの隠された真実があった!」と解釈するその噂話は、数年前からインターネット上で広がり始め、宮崎監督の元にも問い合わせが殺到。

ついにはスタジオジブリが公式見解を発表する程の騒ぎになりました。いったいどんな裏話なのか?そして明るい物語に隠された驚愕の真相とは?というわけで、本日は『となりのトトロ』にまつわる恐怖の都市伝説について詳しく検証してみたいと思います。

映画『となりのトトロ』は、普通に見れば「サツキとメイが奇妙な生き物:トトロに出会い、数々の不思議な体験をしていく様子を描いたほのぼのファンタジー・アニメ」です。ところが、現在ネット上に出回っている解釈は、「メイは池で溺れて死亡し、サツキはメイを捜すためにネコバスに乗って冥界を彷徨う。

その後、お母さんも結核で死亡。トトロの正体は、少女達をあの世へ連れ去る死神だった…!」という、夢も希望も無い恐ろしいストーリーなのですよ。更にこの説を裏付ける根拠として、以下のような理由が挙げられていました。


●サツキとメイの影が無い
映画後半になると急にサツキとメイの影が消えている。このことから、「死んで幽霊になったために影が消えた」と解釈できる。


●池に落ちていたサンダルはメイのもの
サツキは「メイのじゃない」と否定しているが、メイが履いていたサンダルと色や形が全く同じ。その後、メイがサツキに発見された時、サンダルを片方履いていない。よって、メイは池で溺れて死亡したと思われる。


●お母さんに会わないのは不自然
サツキとメイは母親の入院する病院を訪ねてトウモロコシを渡すが、なぜか直接会わずに帰ってしまう。既に死んでいるから会えなかったのでは?


●二人の姿が両親には見えない
病床の母親がふと窓の外の木を見つめると、そこにサツキとメイが座っている。ところが、「今…サツキとメイが笑ったような気がしたの」と二人の存在に気付いていない。なぜ二人の姿が見えなかったのか?


●お地蔵さんに「メイ」という文字が刻まれている
サツキがメイを探しているシーンで、フラッシュバックのように一瞬だけお地蔵さんが映る。そのお地蔵さんをコマ送りでよく見ると「メイ」という文字が刻まれている。普通に見ていたら絶対に気付かないのに、どうしてこんなシーンを入れたのか?


●ネコバスの行き先が「墓道」になっている
サツキとメイを乗せて走るネコバスは上部に”行き先”が表示されるが、よく見ると「墓道」になっている。いったい二人をどこへ連れて行こうとしているのか?


●エンディングはサツキとメイが生きていた頃の回想シーン
全ての物語が終わった後、エンドロールで登場人物の”その後”が描かれる。しかし、実はこの映像は後日談ではなく、”回想シーン”なのだという。その証拠に、お父さんやお母さんの姿が劇中よりも明らかに若返っている。サツキやメイ、そして母親も既に死亡しており、たった一人残された父親が「楽しかった頃の家族の思い出」を回想していたのだ。


●原作の『隣のととろ』は地獄巡りを描いた恐怖小説
映画『となりのトトロ』には”幻の原作”と言われる小説版が存在する。その内容は、簡単に言ってしまうとサツキとメイの「地獄巡り」を描いた恐怖小説だ。

小説版のトトロは、「死期の近い人間の前にのみ現われる化け物」として描かれ、その容姿に関する描写も「胃がひっくり返りそうな程の濃密な獣臭。見上げると、そこに夜色の長い毛に全身を覆われた巨獣が居た」、

「ずんぐりむっくりの毛むくじゃらで、大きな胴体に見合わず、針金を連想させる細長い手と足が十数本、ねじくれて出鱈目に生えていた」、「顔に当たる部分には目も鼻も耳も無く、顔の三分の一近くを占めるほどの、側頭部まで裂けた巨大な口から、血と腐りかけの魚のような生臭い臭いが漏れていた」など、映画とは全然異なっている。

また小説版の物語は、周囲の人々から迫害されて、お母さんは死亡。お父さんも酒に溺れてサツキとメイに暴力を振るうなど荒んだ生活が描かれている。やがてメイは心が壊れてしまい、「お母さんに会いに行こう」と笑いながら自殺(!)。物語後半は、メイがお母さんに遭うために死後の世界を旅する展開に。

そしてサツキは、地獄に行ってしまったメイ(映画では”病院への道を間違える”という描写になっている)の魂を助けるために、生きたまま地獄へ行くことを決意。ネコバスに乗るシーンは「巨大なネコの化け物に食べられ、その胃の中で邪魔な肉体を溶かして魂だけになる」という設定になっている。


●サツキとメイの魂の解放を描いている
宮崎駿監督は『となりのトトロ』の製作発表記者会見の席で、「この映画はサツキとメイの魂の解放なんです」と謎の発言をしている。いったいどういう意味なのか?


●映画のストーリーは「狭山事件」を元に創作された
1963年5月1日に埼玉県・狭山市で女の子が誘拐され殺されるという事件が発生した。この事件と『となりのトトロ』には奇妙な共通点が見受けられるという。

(1) 『トトロ』の舞台は埼玉県所沢市で、狭山市と隣接している。
(2) サツキ(=皐月)とメイ(=May)はどちらも5月を表す名前であり、物語も事件が起きた時と同じ5月を描いている。
(3) 事件後に、行方不明になった妹を必死に探す姉の姿が目撃されている。
(4) 妹の遺体が見つかった時、姉は錯乱状態に陥り「猫のお化けを見た」「大きな狸に会った」などの謎の言葉を発したらしい。

漫画・アニメ黒いネタ帳

千と千尋の神隠し』や『となりのトトロ』など、有名なアニメには必ずといっていいほど意外な裏設定や封印された黒歴史が存在する。そんな都市伝説を集めた一冊!

というわけで、これらの噂話がもし事実ならば、『となりのトトロ』は「ほのぼのファンタジー」どころか、悲しくて恐ろしい「ダーク・ファンタジーになってしまいます。果たして、本当に『トトロ』は恐怖アニメなのでしょうか?一つずつ検証してみましょう。


●「影が無い」のはなぜ?
「メイは迷子になってから、そしてサツキはネコバスに乗ってから影が消えている」ということですが、実際に映画を観てみると確かに影がありません(厳密に言うと影を描いるシーンが少ない)。

しかし、これは意図的に影を省略して作画しているだけなのです。なぜ、そんなことになったのかと言うと、美術監督男鹿和雄さんがアニメーションとしては前代未聞の背景描写にチャレンジしたからです。

本作の制作に入る前、男鹿さんは宮崎監督から「この映画では、今まで誰もやろうとしなかった、極めて難しいシーンに挑戦しますから覚悟しておいてください」と言われました。それは「背景で時間経過を表現する」という史上初の試みだったのです。この当時の状況を、男鹿和雄さんはインタビューで以下のように答えていました。

・サツキが迷子になったメイをさがす後半の背景は、時間経過を追って刻々と色合いが変わっていって、とてもきれいでしたね。


男鹿「昨年の秋頃に宮崎さんから”今までのアニメーションで、やりたいけど出来ないから誰もやろうとしなかった、そういうシーンですから覚悟してください”と言われて…。」


・たとえば、正午と午後二時頃の風景というのは、どう描き分けるんですか?


男鹿「”影”なんですね。物の真下に影が落ちれば真昼に見えますし、横に影が映るようになると、それから少し時間が経って陽が傾いた感じになる。あとは色の問題…。」


・というと?


男鹿「サツキとカンタが本家へ走っていって、村を歩き回るシーンまでは、真昼の色ですね。道や木の葉にハイライトで白い部分があったり、コントラストを強くして明暗をくっきり分ける。それでも、ちゃんと影の部分に鮮やかなグリーンが残ってる。」


・その後は、メイとサツキが昼寝しているシーン。午後三時ぐらいですか?


男鹿「時間は考えたことなかったけど、午後もかなり遅くなってますね。西日が強くなってきてるぐらいの時刻。井戸も影の中に入ってますからね。」


・これは、塚森の影?


男鹿「いや、西側からの光ですから家の影ですね。ここは西日が強い感じを出すために、光が当たっている部分は黄色味を強くしてあるんです。そして、光と影の部分をはっきり二つに分けたんです。」


・陽射しが強いから?


男鹿「それもあるんですが、この井戸端の場面は宮崎さんの演出的な理由もあるんです。おかあさんの病状が心配なサツキの不安な心の影を、画面で見せてやるというか…。」 (『ジブリロマンアルバム となりのトトロ』より)

このインタビューの通り、サツキが迷子になったメイを捜す後半の背景は、時間の経過と共に刻々と色合いが変化していく様子が描写され、非常に美しい効果を発揮しています。

前半パートでは、明るい日差しの下ではっきりと表現されていた人物の影が、日の傾きと共に長くなり、日の当たる部分とのコントラストを強調していました。一方、日が落ちてからの後半パートでは、必然的にそのようなコントラストが消滅するため、影を描く必要が無くなっただけなのです(良く見ると光が当たっている場面ではしっかり二人にも影が出来ている)。

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ちなみに、この件に関してはスタジオジブリにも「本当なのか?」という問い合わせが殺到したらしく、以下のような異例の公式コメントが発表されました。

みなさん、ご心配なく。トトロが死神だとか、メイちゃんは死んでるという事実や設定は、「となりのトトロ」には全くありませんよ。最近はやりの都市伝説のひとつです。誰かが、面白がって言い出したことが、あっという間にネットを通じて広がってしまったみたいなんです。


「映画の最後の方でサツキとメイに影がない」のは、作画上で不要と判断して略しているだけなんです。みなさん、噂を信じないで欲しいです。…とこの場を借りて、広報部より正式に申し上げたいと思います。 (ジブリ公式サイト「いつものジブリ日誌」より)

というわけで、「二人の影が無い」という指摘については、「事実だけど演出として意図的に省略した」が正解になるようです。


●池に落ちていたサンダルはメイの?
これに関しては、宮崎監督本人が描いた絵コンテを見た方がわかりやすいかもしれません。映像では同じようなサンダルに見えますが、絵コンテではハッキリと違いを描き分けているからです。

メイが履いているサンダル↓ ラインは1本で、色は薄いピンク

池で見つかったサンダル↓ 2本のラインが中央で交差し、色は白

二つを見比べると全然違うデザインであることが分かります。もちろん、迷子になった後もメイはサンダルをしっかり履いています。


●お母さんに会わないのは不自然か?
「わざわざ病院まで行ったのに、会わずに帰ってくるのはおかしい!」と考えている人がいるようですが、これは敢えて会わなかったのだと思います。

メイがお母さんの所へ行こうと決心したのは、サツキの泣いている姿を見たからですよね?退院が延びたことを聞いて悪い想像が広がり「もしかしたらお母さん……死んじゃったらどうしよう!」と大声で泣き出すサツキを見てメイは、「お姉ちゃんが泣いてる」、「お母さんの病気が悪くなってるんだ」、「トウモロコシを渡せば元気になるに違いない!」と思い込むわけです。

そして、ネコバスに乗って病院へ着いたら、お父さんと楽しそうに話している母親を見て、「お母さん笑ってるよ」、「大丈夫みたいだね」と安心する二人。「死んでしまうかもしれない」と恐怖を感じていたサツキは、母親の無事を確認することで納得できました。

メイの方も「もう少し待っていればお母さんは帰ってくる」ということが理解できたのでしょう。つまり、「トウモロコシだけ残して会わずに帰る」というシチュエーションは、今までお母さんに甘えていた幼い姉妹がちょっとだけ成長した様子を表現しているのですよ。

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●両親には二人の姿が見えない?
個人的には、「どうやってトウモロコシをあの窓枠の上に置いたのか?」ってことの方が気になりますけど(笑)。ネコバスは普通の人には見えないらしいので、その中に乗っている状態の二人は当然見えません。では、ネコバスから降りて木の枝に座っている状態ではどうなのか?画面を見ると、病室から松の木まで距離があり、しかも枝の位置がかなり高い。

おまけに、日が暮れて辺りが暗くなっていた、という条件から推察すると「見えなかったのではなく単に気付かなかっただけ」でしょう(サツキとメイが小さい声で喋っているのも、気付かれないようにするため)。その後、お母さんが「今…サツキとメイが笑ったように見えたの」と言うのは、単純に「何か気配を感じて振り向いた時には、既にネコバスに乗って行った後だった」と考えられます。


●お地蔵さんに「メイ」という文字が刻まれている?
これも有名な都市伝説ですが、そんなシーンは存在しません。確かに、お地蔵さんが並んでいるそばで、迷子になったメイが座り込んでいる場面はあります。しかし、そのお地蔵さんのどこにも「メイ」という文字は書かれていないのですよ。


●行き先が「墓道」になっている理由は?

映像を確認すると、確かにネコバスの行き先に「墓道」という文字が表示されていました。しかしこれは「塚森→長沢→三ッ塚→墓道→大社→牛沼」と順番に表示されているうちの一つで、最後に「めい」という文字が出ているんですよ。

つまり、これらは全て「場所」を示していて、このうち「牛沼」というのは『となりのトトロ』の舞台になった埼玉県所沢市に実在する地名。そしてサツキやメイが住んでいる家の場所は「松郷」で、これも同じく所沢に実在しています。

そして「牛沼」と「松郷」が地理的に近いことを考えると、おそらくメイちゃんは「松郷」を出発した後、道に迷って「牛沼」の近くまで辿り着き、お地蔵さんのそばで座り込んでいた。それをネコバスが見つけた、という意味なのでしょう。

「塚森」や「墓道」は架空の地名で(たぶん「松郷」よりも遠い場所にある)、その周辺をネコバスが何らかの方法で捜索し(表示がクルクルと切り替わるシーン)、最後に「牛沼」のあたりを調べて「メイ発見!」となったのではないでしょうか。


●エンディングは回想シーン?
病気が治り、タクシーに乗って家へ帰ってくるお母さん。それを嬉しそうに出迎えるサツキとメイ。登場人物たちの幸せそうなその後を描いたエンディングですが、果たしてこれが”回想シーン”なのでしょうか?

都市伝説によると「父と母の姿が若返っている」とのことですが、映像を確認しても特に若返っているようには見えません。そもそも、父と母が若返っているなら、サツキとメイも同じように若返っているはずなのに、本編と全く変わりがないのはおかしいでしょう。

また、サツキとメイが着ている服にはトトロの形をした刺繍(アップリケ?)が縫い付けられているので、少なくとも「トトロと出会った後」の状況なのは明らかです。しかも、背景には枯れ葉が舞っているため、「5月に引っ越してきて夏にトトロと出会い、秋を迎える」という物語の時系列にも合致します。

さらに、引っ越し後に初めて出会ったカンタやお婆ちゃんまで登場しているのですから、どう考えても回想シーンでは有り得ません。つまり、この都市伝説は全くのデマということです。


●”幻の原作小説”とは何か?
そもそも『となりのトトロ』には原作がありません。物語を考える際、筒井順子・作、林明子・画の絵本『あさえとちいさいいもうと』や『とんことり』などを参考資料として買い集めたそうですが、基本的には宮崎駿監督のオリジナル・ストーリーです(ちなみに、『あさえとちいさいいもうと』は「突然いなくなった幼い妹を捜す姉の話」、『とんことり』は「知らない土地に引っ越してきた少女が不思議なお友達と出会う話」)。

あさえとちいさいいもうと (こどものとも傑作集)

『はじめてのおつかい』、『おでかけのまえに』などで知られる筒井頼子、林明子のコンビによるロングセラー絵本です

とん ことり (こどものとも傑作集)

山の見える町に引っ越してきたばかりのかなえと新しい友だちとの出会いが、不思議な“郵便”の謎を通して感動的に描かれています

なお、原作はありませんが、映画公開後に映画を元にした小説が出版されました(いわゆるノベライズ版)。ただし、久保つぎこさんが執筆した小説版『となりのトトロ』では、「トトロとは孤独感に苛まれた姉妹が作り出した幻影である」と解釈しており、かなり映画版とは内容が異なっています。

このため、ネコバスに乗ったサツキはメイを見つけても声をかけることができず、一緒に病院へ行ってお母さんにトウモロコシを届ける場面も出て来ません。”幻の原作”とされる『隣のととろ』は、もしかしたらこの小説版を元に誰かが創作したのではないでしょうか。

●サツキとメイの魂の解放とは?
宮崎駿監督は『となりのトトロ』の製作発表記者会見で意味深な発言をしている」という都市伝説ですが、そもそも宮崎監督はそんな発言をしていません。当時の記者会見の資料にもそういう記録は残っていないし、言ったという証拠も無いのです。

可能性としては、同じ日に『火垂るの墓』の製作発表も行っていたので、もしかするとそこで「清太と節子の魂が…」という話が出ていたのではないでしょうか?『火垂るの墓』は「幼い兄妹(清太と節子)の生と死を描いた物語」であり、『となりのトトロ』と直接的な関連はありませんが、記者会見が同じだったので混同しているのかもしれませんね。


●「狭山事件」との関係は?
となりのトトロ』の舞台は、宮崎監督が実際に暮らしていた埼玉県所沢市と言われています(他にも、聖蹟桜ヶ丘神田川美術監督男鹿和雄のふるさと秋田県など様々な場所が混ざっているらしい)。

また、サツキたちが住んでいる「松郷」という地名は所沢市に実在し、隣接する東村山市には「七国山」ならぬ「八国山」や病院も存在しています。

しかし、隣町の狭山市で起こった誘拐殺人事件との関連性については、正直”こじつけ”の印象が強いですね。まず、死亡した少女は当時16歳、姉は当時23歳でかなりの大人でした。また、「行方不明になった妹を姉が必死に捜していた」という記録もありません。

さらに、錯乱状態に陥った姉が「猫のお化けを見た」「大きな狸に会った」などの謎の言葉を発した、という情報も後から付け加えられたもので信憑性は薄いようです。このように一つ一つの情報を正確に検証してみると、となりのトトロ』と「狭山事件」はほとんど関連が無いということが明らかになったのですよ。

狭山事件の真実 (岩波現代文庫)

謎に包まれた事件の驚くべき真相に迫る衝撃のルポ!

そもそも「幼い妹(メイ)が行方不明になる」という後半の展開は、宮崎駿監督が子供の頃、一緒に遊んでいた弟(宮崎至朗)が迷子になってしまい、ようやく捜し当てたら「知らないお婆さんの袖につかまって泣いていた」という経験や、所沢のドブ川で近所の子供が行方不明になり、「両親らが必死に捜したら別の場所で遊んでいた」という幼少時のエピソードから思い付いたらしいので、「狭山事件があったから『トトロ』が生まれた」わけではなさそうです。

また、『となりのトトロ』は当初は60分の短編映画で、主人公の少女は一人だけの予定でした。ところが、同時上映の『火垂るの墓』が90分に延びることを聞き付けた宮崎監督が「俺も延ばす!」と言い出し、制作途中で突然80分の中編に変更。プロデューサーの鈴木敏夫が「どうやって20分も延ばすんですか?」と尋ねたら、「主人公を姉妹にすれば20分くらい延びるだろ」などと軽く答え、急遽サツキとメイが誕生したそうです。

つまり、”主人公が姉妹”という設定は後から生まれたものなので、「狭山事件を元にストーリーが作られた」という説はちょっと無理があるのですよ(初期バージョンのポスターには女の子が一人しか映っていない↓)。

その他、宮崎駿監督が東映動画に入社した年と狭山事件が発生した年がどちらも同じ1963年であることから、「宮崎駿はこの事件の影響を受けたに違いない」と考えている人もいるようです。確かに、地元の近所で起きたこんな凶悪事件を宮崎さんが「全く知らない」などということはちょっと考えにくく、”個人的な思い”のようなものはあったかもしれません。

ただ、例え事件のことを知っていたとしても、それを自分の作品に取り入れたとは限らないし、『となりのトトロ』に影響を及ぼしたという根拠も無いのです。したがって、「姉が行方不明になった妹を捜し回る」というストーリーも、ジブリが公式コメントを発表した日が5月1日であることも、「単なる偶然の一致」と考えて間違いないでしょう。

※追記
この記事を読んだ人から「メイちゃんにはモデルになった子供がいますよ」というコメントをいただきました。どうやら『となりのトトロ』を制作当時、宮崎駿監督は小さな姪御さんをとても可愛がっていて、その子供をモデルとして”メイ”というキャラクターが生まれたようです。「メイのモデルは姪」というダジャレみたいな噂話は昔聞いたことがあったんですが、まさか本当だったとは(笑)。

ちなみに、トイ・ストーリー3』のアートディレクターとして働いていたピクサー社の堤大介さんは、小学生の時に初めて女の子を好きになったんですけど、その子がメイちゃんのモデルになった女性だそうです(なので、初恋の人は誰かと聞かれると、「『となりのトトロ』のメイちゃんです!」と答えていたらしい)。

やがて堤さんは仕事の都合で海外へ行きますが、「トトロの森プロジェクト」という企画に参加するため日本に帰って来た時、18年ぶりにメイちゃんと再会。なんとそのまま結婚に至ってしまいました!実は『トイ・ストーリー3』にはトトロがゲスト出演してるんですよね。なので、本物のメイちゃんが『トイ・ストーリー3』のスタッフと結婚するっていうのは(偶然とはいえ)運命的なものを感じますねえ(^.^)

●都市伝説の発端は?
さて、『となりのトトロ』に関する様々な都市伝説を検証してみたわけですが、そもそもこのような都市伝説はどこから発生したのでしょうか?調べてみると、どうやら2001年に刊行された清水正さんの宮崎駿を読む―母性とカオスのファンタジーが元ネタではないかと思われます。

この本の中では、『となりのトトロ』に関して「結核療養所に入院したお母さんは病死、メイはお母さんを追って水死、もしかしたらお姉さんのサツキでさえ生命を失っているのかもしれない。この悲惨で救いようのない現実を体験したお父さん、たった一人”こちら側”に残されてしまったお父さんが、この『となりのトトロ』を作ったのである」と書かれていました。

この本で述べられている説は、あくまでも「著者は映画をこのように解釈した」という主観によるものなので、正しいとか正しくないとかを論じることはできませんが、あまりにも衝撃的な内容ゆえに「実はこういう設定だったのか!」と誤解した読者が独自の解釈を付け加え、更に狭山事件と合わさる事で不気味な都市伝説が広まっていった、と考えられるのではないでしょうか。

ちなみに、『となりのトトロ』は『火垂るの墓』と同時上映だったため、映画化が非常に困難だったそうです。スポンサー側は「お化けとお墓の2本立てなんて縁起が悪すぎるだろ!」と猛反対。どう考えてもヒットする要素が見当たらず、試算したら「両方とも5000万円ずつの赤字になる」という結論が出てしまったのですから無理もありません。配給会社の東宝も「そんな映画に関わりたくない」と協力を拒否しました。

ところが、それを聞き付けた徳間書店の社長が大激怒、東宝の本社に乗り込んで「『トトロ』を配給しないなら『敦煌』もやめるぞ!」と直談判したらしい。『敦煌』は製作費45億円の超大作映画で、当時東宝が最も力を入れていた目玉作品です。結局、「これを配給できないと大変なことになる」と判断した東宝は渋々承諾することになりました。後に、宮崎監督はこの時のエピソードを次のように語っています。

「メチャクチャな話ですよね(笑)。しかも当時、徳間社長は『トトロ』がどんな映画なのか全く知らなかったらしいんですよ。豪快というか大胆というか(笑)。だから本当に、社長と出会ったっていうのも、自分達にとっては物凄く大きな道が開ける理由だったんですね。『ナウシカ』の映画化やジブリの設立、そして『トトロ』の配給、これらは全て徳間社長のおかげですから。彼なしには今のジブリは無かったと言っていい」

●でもやっぱり『トトロ』は怖い?というわけで、「サツキとメイは死んでいる」という噂話や「トトロは死神」という都市伝説は単なるデマの可能性が高いようですが、実はその一方で「本当の裏設定」というものも存在します。例えば、サツキとメイの家がカンタから”お化け屋敷”と呼ばれているのは、単に悪口で言っているだけではありません。宮崎監督によると、あの家は「死者の家」なのだそうです。

「あそこは要するに病人が死んでしまった家なんですよ。僕は、基本的にあの家は、病人を療養させるために建てた離れのある別荘だと思ってるんです。つまり結核患者のために建てた離れなんですね。で、その人が死んでしまったので、そのまま用無しになって空いてたんです。そこへサツキとメイが引っ越して来たと。これは裏設定なんで、言う必要がないので誰にも言わなかったけれど、そう考えていた家なんです。妙に日当たりが良さそうなのもこの設定のためなんですね」(徳間書店宮崎駿著「出発点1979〜1996」より)

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となりのトトロ』には、このように「死のイメージ」を喚起させるような裏設定があちこちに組み込まれています。これをもって直ちに「トトロは死神だ」と結論付けるのはやや短絡的すぎますが、作品全体に散りばめられた裏設定から「不吉な雰囲気」を感じ取ったとしても不思議ではないでしょう。なぜなら、宮崎監督は、トトロという生き物を通じてはっきりと”自然の怖さ”を描いているからです。

「日本の森や林は、本当は暗くて怖いんですよ。入っていくと、どこかおっかなくてゾクゾクするんです。何かいるって感じるんですね。前に子供たちと行ったんですが、子供は不気味がって”こわい、こわい”って言うんです。突然、恐怖に襲われて、”あそこには行かないほうがいい!”ってことになる。その”こわい”という気持ちが、日本人にとってはある種の尊敬の念で、要するに原始宗教、アニミズムなんですね」(同上「出発点」より)

映画のトトロは「森の主・精霊」と設定され、一見すると可愛らしい生き物として描かれていますが、本来は畏怖すべき存在であり、人間と意思疎通できるかどうかも定かではありません(宮崎監督も「トトロはサツキに同情して助けたわけではない」と明言している)。

つまり、トトロが本来持っている”ある種の怖さ”が観る人の潜在意識に影響を及ぼし、様々な都市伝説に一定の説得力を与えていると考えられるのです。しかし逆にそれが、単なるファンタジー作品と一線を画し、長年多くの人々から愛され続けている要因なのかもしれませんね。

※追記
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