ひたすら映画を観まくるブログ

映画やアニメについて書いています

ファスト映画で逮捕者が出た影響

ファスト映画

ファスト映画


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて先日、「ファスト映画」と呼ばれる動画をYouTubeに投稿したとして、著作権法違反の疑いにより札幌市の男女3人が逮捕されました。

ファスト映画とは、人気映画などの映像を無断で編集し、字幕やナレーションを付けてストーリーを最後までネタバレしながら紹介する10分程度の動画のことです。

こういう動画はここ1年ほどで急激に増えたらしく、緊急事態宣言によって映画館が休業したり、巣ごもり需要の影響などで再生回数が激増し、中には1本で700万回以上再生された動画もあるとか。

しかもYouTubeには広告によって収入を得られる仕組みがあり、ファスト映画もかなりの利益を得ている可能性があったのです。

そこで、事態を重く見たCODA(コンテンツ海外流通促進機構)が調査を開始したところ、55のアカウントから2100本余りの動画が投稿され、総再生回数はなんと4億7700万回に達していることが明らかになりました(推定被害総額は956億円)。

「これはけしからん!」とCODAは警察に情報を提供して捜査を依頼。その結果、容疑者3人が逮捕された…というわけです。おそらく、警察もかなり以前から動いていたのでしょうが、それにしても対応が早いですね。

このニュースが報道されると、ファスト映画を投稿していたアカウントの多くが削除された(自分で削除した?)そうです。まあ、ここまでの流れは「不正に金を儲けてるやつが捕まって映画業界的にも良かったじゃん」という話なんですが…

実はYouTubeには、ファスト映画が流行る前から「映画を紹介する動画」「映画を解説・批評する動画」などが数多く投稿されてたんですよ。もちろん、それらの動画は自分の言葉で映画を分かりやすく解説したり、感想を語ったりしているだけで決して違法性の高いものではありません。

しかし”解説”とか”考察”を行う場合、ある程度は内容をネタバレせざるを得ないし、その画像も(公開されているものとはいえ)無許可で使用している人が大半でした。

そうなると当然、「自分の動画は大丈夫なんだろうか…?」と不安になる人が出て来るわけで、ファスト映画が話題になって以降、「しばらく映画の解説は自粛します」と表明する人が増えてるんですよ。

中には、今まで投稿した全ての動画を非公開にしたり、「申し訳ありませんでした」と(違法認定されたわけでもないのに)謝罪動画を出したり、アカウントごと消した人もいるぐらいです(ニュースで「ファスト映画の投稿者が逮捕!」と報じられたインパクトがよほど大きかったのでしょう)。

この状況を見て、「う~ん…」と微妙な気持ちになりました。

たしかに、違法にアップされているような動画は無くさなければなりません。しかし本当に映画が大好きで、「少しでも作品の魅力を知ってもらいたい」という思いから動画を投稿している人までいなくなってしまうのはどうなのか?と。

ちなみに、ファスト映画では以下のような違法性が指摘されているそうです。

 

(1)複製権の侵害
(2)翻案権(または同一性保持権)の侵害
(3)公衆送信権の侵害

 

(1)は動画を作る際に他人の著作物(映画)から勝手に映像を複製する行為で、(2)は映画を無断で編集したり、ナレーションなどを加えて”翻案”する行為。(3)は著作物を勝手にアップロードする行為です。

このうち、映画紹介動画を投稿している人たちが引っ掛かりやすいのは(1)と(3)でしょう。拾ってきた画像や映画から複製した画像を著作権者に無断でネットに上げることは、基本的には禁じられているからです(なお著作権法に違反すると10年以下の懲役、または1000万円以下の罰金、またはその両方が科せられる)。

ただし、著作権法には「公正な慣行に合致するもので、かつ報道・批評・研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれる場合には、無断で他人の著作物(公表されたもの)を引用することができる」という規定があります。

つまり”引用”として使うならOKなんですが、多くの人はそれを知らないか、あるいは「引用の範囲がよく分からない」等の理由で自粛に走っているのかもしれません。

また、CODA(コンテンツ海外流通促進機構)が「ファスト映画はストーリーを全てネタバレしているため、これを観た人が正式な本編を観ないことに繋がり、権利者に甚大な被害をもたらしている」とコメントしたことも大きいでしょう。

これにより、「え?ネタバレはダメなの?」「じゃあ解説動画や考察動画も出せないじゃん…」と委縮してしまう人が続出し、さらには映画だけにとどまらず、アニメやTVドラマなどの解説動画も自粛すべきだろうか…という動きに繋がっていく可能性もありそうだなあと。その辺が気になるんですよ。

個人的には「感想をネタバレするか否か、あるいはどこまでネタバレするか等のさじ加減は観客の判断に委ねて欲しい」と思うのですが、この辺は権利者側の意向も絡んでくるので難しいんですよね(クリエイターとしては「極力ネタバレしないで欲しい」と思ってるでしょうから…)。

まあ、今後はYouTube側も「ファスト映画的な動画」を厳しく取り締まるようになるだろうし、投稿する側もフリー素材みたいな画像を使ったり、法に触れない工夫を重ねた動画が増えるのかもしれませんねぇ。

というわけでファスト映画の影響について色々思うところを書いてみましたが、言うまでもなく違法に動画をアップする行為は許されるべきではありません。しかし一方で、健全な映画紹介、解説、考察、批評などは映画業界や作品のためにも必要な行為であり、今後も続けていって欲しいと思います。

『戦闘メカ ザブングル』はこうして生まれた

戦闘メカ ザブングル

戦闘メカ ザブングル


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて本日、BS12 トゥエルビ「日曜アニメ劇場」にて映画ザブングルグラフィティ』が放送されます。

本作は、富野由悠季監督のTVアニメ『戦闘メカ ザブングル』を再編集したもので、劇場版『機動戦士ガンダム』と劇場版『伝説巨神イデオン』に続いて富野監督が手掛けた3作目の劇場アニメです。

ザブングルグラフィティ』が公開されたのは1983年7月。当時は高橋良輔監督のTVシリーズ太陽の牙ダグラム』の劇場作品『ドキュメント太陽の牙ダグラム』(&短編映画『チョロQダグラム』)との同時上映でした。

しかし上映時間が90分以内(本編は84分)という制約があったため、「全50話のストーリーを描くのは不可能だから名場面集にしよう」と決定。

その結果、楽屋オチのギャグを入れたり、セルの彩色が間に合わなくて動画をそのまま撮影した状態(動画撮影)のフィルムを敢えて作り、「これが動撮だ!」というテロップを出すなど、かなり実験的な内容になりました。

ザブングルグラフィティ

ザブングルグラフィティ

まあ、そもそもTV版のザブングル自体が破天荒な内容で、主人公のジロン・アモスもそれまでのヒーロー的な造形とは異なる独特のキャラデザインだったり、主役ロボが途中から別のマシンに変わったり、死にそうな場面で「そう簡単に死ぬかよ、アニメでさ!」とメタフィクション的なセリフを叫ぶなど、”パターン破り”と称されるほどのハチャメチャな作品だったんですよね。

では、そんな『戦闘メカ ザブングル』はどうやって生まれたのか?『機動戦士ガンダム』や『伝説巨神イデオン』などと決定的に違う点は何か?

というわけで本日は、ロボットアニメ『戦闘メカ ザブングル』が出来るまでのエピソードをご紹介しますよ。

 

まずザブングルが、ザンボット3ガンダムなどそれまでの富野監督作品と大きく異なっているポイントは「もともと富野監督の作品ではなかった」という点でしょう。

当初の監督は『ルパン三世 ルパンVS複製人間』などの吉川惣司さんで、タイトルも『エクスプロイター』という宇宙を舞台にした”シリアスな戦争もの”になる予定でした(ちなみに吉川氏は『太陽の牙ダグラム』のキャラクターデザインも務めている)。

しかし、「巨大な宇宙空母がロボットに変形する」というアイデアが同時期に他社から出ていたため(『超時空要塞マクロス』)、吉川監督が「じゃあ西部劇みたいな話にしよう」と提案し、大幅に方向転換されたそうです。

もともと吉川監督は洋画が大好きで、当時はまだ一般にほとんど普及していなかったビデオデッキをいち早く購入しており、アメリカからビデオソフトを取り寄せ、ザブングルの参考にするために西部劇などのアクション映画を熱心に観まくっていたらしい。

戦闘メカ ザブングル

戦闘メカ ザブングル

ところが、「西部劇風のSFロボットアニメ」というコンセプトだけは決まったものの、それ以降の作業が滞ってしまい、なかなか先へ進みません。

「放送日が迫ってるのに、大丈夫かなぁ」と心配するスタッフたち。そしてある日、とうとう吉川さんから「どうしてもこの企画をまとめられないので監督を降板したい」との連絡が…。えええ!?

なんと、制作の途中で監督がいなくなるというまさかの大事件が勃発!えらいこっちゃ!

 

一方その頃、富野監督は何をしていたのか?というと、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙』(1982年3月公開)と『THE IDEON 接触篇・発動篇』(1982年7月公開)の作業で多忙を極めていました。

なのでザブングルの監督をやっている余裕などなかったはずなのですが、プロデューサーが交渉した結果、新監督は富野さんに決定!

しかし(当時出版された『ザブングル記録全集』によると)オンエアまで時間が無かったため「2~3回打ち合わせをした後、新宿のプリンスホテルに一人で泊まり一晩で企画内容をまとめた」とのことで、かなり慌ただしい状況だったようです。

さらに当時のインタビューでも富野監督は「劇場版イデオンの仕事が終わらなかったから、2クール目(第26話)まではあまりザブングルに関われなかった」「演出に具体的な指示を出すようになったのは第27話(「うたえ!戦士の歌を」)以降ですね」とコメントしており、イデオンザブングルの同時進行で様々な苦労があったことが伺えます。

 

そして同じく、ザブングルでキャラクターデザインを務めた湖川友謙さんも劇場版イデオンの作画作業で忙しく、「第1話の作画監督をやったが、その後は27話までほぼノータッチ」「やっとイデオンが終わって帰って来たらアニメーターたちが1話の変なところだけを真似していたので、27話からは中なしでフレームインしたり潰しや伸ばしをやったり、作画のやり方を大幅に変えた」とのこと(当時は、いきなり作風が変わって驚いた視聴者も多かったのでは?)。

ちなみに湖川さんは、富野監督に交代する前から吉川監督と打ち合わせをしていたものの、その頃は吉川監督のオーダーで”イデオン調”のキャラを描いていたそうです(富野監督に代わってから丸顔のキャラが主役になった)。

ザブングルの初期デザイン

ザブングルのキャラデザイン案

また、メカデザイナー大河原邦男さんは企画の初期から関わっており、当初は「宇宙を舞台にした戦争もの」「メインのメカは宇宙空母に変形する巨大ロボ」という発注だったため、そういうイメージでアイアン・ギアーをデザインしていました(元々は宇宙空母だったのかw)。

しかし途中で”SF西部劇”に路線が変更され、スポンサーから「地面を走るタイプの変形メカが欲しい」と言われた大河原さんは「1台の自動車が変形してロボットになるデザイン」を考えたのです。ところが、そのデザインを提出しようとしていた矢先に始まったのが銀河旋風ブライガー(1981年10月~)で、それを見た大河原さんはビックリ仰天!

どうやらブライガーの変形ギミックがザブングルと非常に似ていたらしく、そのせいで土壇場でデザインを変更せざるを得なくなったという。

しかも納期までわずか1週間!大急ぎで「2台のメカがそれぞれ変形・合体して一つの巨大ロボになる」というデザインを考え、スポンサーへ提出。無事に採用されたそうです(ギリギリだw)。

戦闘メカ ザブングル

戦闘メカ ザブングル

というわけで、富野さんは劇場アニメの作業で忙しい中、急遽ザブングルの監督に抜擢されたにもかかわらず、持ち前の職人気質を発揮して驚くべき短期間でTVシリーズに必要な要素をまとめ上げ、さらに劇場版イデオンの作業と並行しながら脚本やコンテや設定などをチェックするという離れ業をやってのけたのです。

富野監督は後に「最初からしっかり関わっていればもう少し違った作品になったのでは…と思うと不本意な部分も多い」と言いつつ、「ただ、あれだけの物量をよくこなしていけたものだ、という意味では本当に2スタ(サンライズ第2スタジオ)はパワーがあるなと舌を巻いた」とも語っています。

戦闘メカ ザブングル』は富野監督作品の中では珍しくキャラも作風も明るめで、妙な勢いとパワーに満ち溢れていますが、それが魅力の一つになっていることも間違いないでしょう。

 

なお、途中降板した吉川さんは「こんな状態で引き受けてもらって、富野さんには本当に申し訳ない。せめてこれぐらいはさせて下さい」と言ってオープニングの絵コンテを描いたそうです。

こうして完成したOPは、串田アキラ氏が歌う主題歌「疾風ザブングル」の力強い楽曲や、豪快に地面を削りながらフレームインしてくるザブングルなど、カッコいい映像が話題になりました。まさにロボットアニメ史に残る名オープニングだと思います(でも吉川さん、急に降板するのはちょっとひどいよw)。

 

庵野秀明、『シン・ゴジラ』のドラマについて語る

庵野秀明と『シン・ゴジラ』

庵野秀明と『シン・ゴジラ


どうも、管理人のタイプ・あ~るです。

さて先週、マイケル・ドハティ監督のゴジラ キング・オブ・モンスターズ』が地上波初放送され、ネット上でも話題になりました。

それらの反応を見てみると、「こういう怪獣映画が観たかった!」と絶賛している人や、「ストーリーが酷くて入り込めない」という人など、様々な意見が出ていたようです(個人的には「お祭り映画」として楽しめましたが)。

ちなみに、もともと本作は劇場公開当時から賛否両論真っ二つというか、褒めている人でも「ドラマパートはいまいちだが…」みたいな感じで、絶賛派も否定派も「シナリオが雑」という点では概ね一致していたらしいです(笑)。

そんな中、庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』と本作を比較して「『シン・ゴジラ』は人間ドラマを削ったから傑作になった」という意見が目に付いて「ん?」となりました。

確かに、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』はドラマパートに不満を持っている人が多いようですが、ではドラマが無ければいい映画になるのか?いや、そもそも『シン・ゴジラ』には本当に人間ドラマが無いのか?など、ちょっとモヤモヤ…

こういう議論は『シン・ゴジラ』がヒットしている時にも多発していて、「『シン・ゴジラ』には余計な人間ドラマがない」「だから傑作になったのだ」みたいな意見が割と支持されていました。なので、今でもそう思っている人が多いのではないでしょうか?

実は、これに関しては庵野秀明総監督が『ジ・アート・オブ シン・ゴジラという本の中で詳しく説明してるんですよね。というわけで、本に載っている庵野さんのインタビューは非常に長いのですが、その中から”ドラマ”に関する発言を一部引用させていただきます。

もともと僕は、どちらかというと粛々と変化する状況が客観的に描かれていて、登場人物の主観的なドラマが少ない作品が好きなんですよ。東宝の戦記物『太平洋奇跡の作戦 キスカ』、『日本のいちばん長い日』(1976)、『激動の昭和史 沖縄決戦』も個人のドラマとして過剰に情感などを描いていないところも好きなポイントなんです。

むしろ状況に対処する人々の動きそのものが葛藤や起伏となり、ドラマになっているのが良いんですね。『日本沈没』(1973)や『八甲田山』などもメインの人物像を描いても劇中で行動する様が主軸でした。海外でも70年代まではそういったクールでハード、シャープな映画がいくつもありましたし、テレビ番組でも『宇宙戦艦ヤマト』の第2話、第7話、第22話など、戦闘の段取りだけで進む話も好きですし。

サンダーバード』のパイロット版(第1話)もほぼ事故と救助過程しか描いていませんが、それがいいんですよ。けど、なかなかその良さを分かってもらえず、『シン・ゴジラ』の脚本は東宝サイドの要求通り、主人公のヒーロー性や様々な感情ドラマの部分が重視されていく方向に当初は流れていました。(中略)

しかし、その脚本にもの凄い違和感を覚えたんです。もちろん、脚本家の方が書いているので、きちんとした脚本になってはいますが、主人公に濃厚なドラマが足されていたり、細かいディテールも含めて、僕がやろうとしていた内容とはかなり路線が違う感じになっていたんです。

何がどう違うのかを確認するために、改めて僕が最初に書いたメモを読み返してみたんですよ。すると、明らかな方向性のズレというか、東宝プロデューサー陣の各種要望を足していった結果、僕が最初にやりたかった映画とは全く違うものになっていることを強く実感しました。打ち合わせの度に東宝側の要望が入り、その都度本来の方向からズレていった感じです。

主人公たちのバックボーンやサイドストーリーなどのいわゆる”感情ドラマ”が増えて、ウェットな印象に変わっていました。ちょっとこの違和感を言葉にするのは難しいですね。感覚的なところが多いので。ドラマを排除するといっても、明快な恋愛や家族愛や友情などを描く必要がないと言っていただけなんですけどね。登場人物のバックボーン等は、観客の想像に委ねてもいいのではないかなと。

しかし、事がここに至ると僕の結論としては、現状の脚本をこのまま改定稿へ進めても、また堂々巡りになるだけと判断しました。「この方向で進めるなら僕がやる必要はないので降板します」と電話で伝え、後日改めて東宝側と会って、冷静に淡々と最初のメモと現状との落差を説明して「今のヒューマンドラマ重視の路線でいくなら、僕が関わる必要も意味もないのでここで降ります」という旨を直接伝えたんです。

 これを読むと庵野さんは、恋愛や家族愛や友情など主人公たちの主観を描いたストーリーを”感情ドラマ”と呼び、「粛々と変化する状況が客観的に描かれているドラマの方が好き」「むしろ状況に対処する人々の動きそのものが葛藤や起伏となり、ドラマになっているのが良い」と述べています。

つまり、「ウェットな感情ドラマは『シン・ゴジラ』に必要ないが、大変な状況に対処する人々の姿を描くことで十分面白いドラマになる」と考えていたのでしょう。

当初、東宝サイドはそんな庵野さんの考えに懐疑的で、コテコテの感情ドラマ路線を提示していましたが、「そういう方向でいくなら降板します」とキッパリ拒否されたため、その後1ヵ月ぐらいかけて東宝社内で検討が行われ、最終的に庵野さんの意見が受け入れられたようです。

というわけで、一般的には”人間ドラマ”というと「男女の恋愛」や「家族愛」みたいなドラマを思い浮かべる人が多いんでしょうけど、庵野さんが目指したドラマはもっと客観的で「困難に立ち向かう人々の状況」を描いたドラマだったんですね。